同じ黒 2
午後、ミラは村長と数人の村人を集め、林道の件を説明した。
瘴気、という言葉は慎重に選んだ。
いたずらに恐怖を煽れば、村の生活が乱れる。
けれど、危険を曖昧にしすぎても、また子どもが拾ってしまう。
だからミラは、できるだけ分かりやすく伝えた。
「林の倒木の近くに、体調を崩す原因になる欠片が落ちていました。見た目は黒い石や木片のようです。触れると熱や寒気、魔力の乱れを起こすことがあります。特に子どもは触らないようにしてください」
村人たちの間に、不安そうなざわめきが広がる。
村長が硬い声で言った。
「では、あの道はしばらく立ち入り禁止にする」
「それがいいと思います。今日中に、範囲を確認します。ただ、大勢で入ると危険です。私とエリオットさん、それから村長さんと、道をよく知る方が一人。子どもたちは絶対に近づけないでください」
エリオットは壁際に立っていた。
右腕を使うつもりはない。
だが、そこにいるだけで、村人たちの視線が自然に集まる。
大柄な体。
落ち着いた声。
騎士だった者の立ち姿。
彼がいることで、村人たちは少しだけ落ち着いているようだった。
村長が頷く。
「分かった。ロウを連れていこう。あの林道を昔から知っている」
ロウというのは、炭焼き小屋が使われていた頃を知る老人だった。足腰はまだしっかりしている。
「昔はあの道を炭や薪を積んだ荷車が通ったが、もう十年以上まともに使っとらん」
ロウは髭を撫でながら言った。
「最近の轍があるなら、余所者だろうな」
「最近、見慣れない馬車や商人は?」
エリオットが尋ねる。
ロウは目を細めた。
「そういえば、三日ほど前の夜に、犬がやけに吠えた。村の外れの方で車輪の音を聞いた者もいる。だが、夜だったし、誰も確かめには行かなかった」
「夜に旧道を?」
ミラが呟く。
エリオットの表情が険しくなる。
「人目を避けていた可能性がある」
村長の顔が青ざめた。
「では、誰かがこの村へ害を?」
「まだ分かりません」
ミラはすぐに言った。
「村を狙ったとは限りません。通っただけで、落とした可能性もあります」
「だが、危険なものを運んでいた」
エリオットの言葉に、場の空気が重くなる。
それは否定できなかった。
再び林道へ向かったのは、日が少し傾き始めた頃だった。
ミラ、エリオット、村長、そしてロウ。
エリオットはミラの横を歩いている。右腕は固定し、左手には杖。ミラは何度も顔色を確認した。
「痛みは?」
「二」
「熱は?」
「少し」
「強くなったらすぐ言ってください」
「分かっている」
ロウが振り返って、少し感心したように笑った。
「若いのに、ずいぶんきっちり管理されとるな」
エリオットは無言になった。
ミラは真面目に答える。
「継続観察中ですので」
「ほう。大事にされとる」
「治療上、必要な管理です」
「そうかそうか」
ロウはふふ、と笑った。。
エリオットは小さく息を吐いた。
林道へ入ると、空気が少し変わった。
不気味というほどではない。
だが、道の奥に行くほど、草の匂いの中にかすかな淀みが混じる。
エリオットが足を止めた。
「ここから先、少し濃い」
ミラは魔力結晶を取り出した。
結晶の中に黒い筋が走る。
「倒木の方ですか?」
「いや。倒木より奥。道の右側に沿って薄く続いている」
エリオットは目を細めた。
「点々と落ちている感じだ」
ミラは息を吸った。
「では、落としながら進んだ可能性がありますね」
ロウが地面を見た。
「轍はこっちだ」
老人は草を杖で払った。
確かに、古い道の土の上に薄く車輪の跡が残っている。雨に洗われているが、完全には消えていない。
「馬車一台。重い荷を積んでいたかもしれん。片側が深い」
エリオットがしゃがもうとしたので、ミラがすぐに止めた。
「しゃがむと右腕に響きます」
「見るだけだ」
「私が見ます」
ミラは代わりに膝をつき、地面を確認した。
車輪の跡のそばに、黒い粉がほんの少し残っている。
封じ布で慎重に取る。
粉は昨日のものよりさらに薄い。
だが同じ気配だった。
「続いています」
ミラは低く言った。
エリオットが道の先を見る。
「ただ、奥に強い源がある感じではない。落とし物の列だ」
「荷からこぼれた?」
「おそらく」
村長が不安げに尋ねた。
「この先はどこへ繋がっている?」
ロウが答える。
「昔の炭焼き小屋を抜けて、さらに行くと街道の古い分岐に出る。今は商人も使わんが、道を知っていれば隣の町へ出られる」
「人目を避けるには都合がいい」
エリオットの声は硬かった。
ミラは立ち上がり、手元の封じ布を見た。
王都。
騎士団。
消された記録。
禁じられた術式。
そして、地方の旧道に落ちていた瘴気の欠片。
点と点が、まだ細い糸でしか繋がっていない。
だが、その糸は確かに黒い。
「これ以上、奥へ行くのは危険です」
ミラは言った。
エリオットが道の奥を見る。
「まだ調べられる」
「今のあなたの腕では危険です」
「俺だけではない。村にまた欠片が」
「だから、村長さんに旧道の封鎖を頼みます。私たちは、今ある欠片の回収と、患者の確認を優先します。奥の調査は、人数と準備を整えてからです」
エリオットは黙った。
彼は進みたいのだ。
それはミラにも分かった。
けれど、今ここで進めば、彼の腕に負担がかかる。
そして瘴気が強ければ、ミラ一人では対応できない可能性もある。
エリオットは数秒、道の奥を見ていた。
やがて、短く息を吐く。
「分かった。戻る」
ミラは少しだけ安堵した。
「ありがとうございます」
「礼を言うことじゃない。……約束したからな」
その言葉に、ミラは胸が温かくなった。
ロウが二人を見てまた微笑んでいたが、何も言わなかった。




