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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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同じ黒 1

 黒い欠片が、机の上に並んでいた。

 昨夜、少年の体から瘴気を引き抜くきっかけになった黒い石。

 そして今朝、林の倒木のそばで回収した二つの小さな欠片と、黒ずんだ粉。

 ミラはそれらを一つずつ封じ布の上に置き、魔力結晶を近づけた。

 結晶の中に、黒い筋が走る。

 細く、薄い。

 けれど確かに同じ色だった。

 ミラは眉を寄せる。

「自然に瘴気を吸った石、という感じではありませんね」

 エリオットは向かいに座り、右腕を布で支えたまま、じっと欠片を見ていた。

 右手首の護符は、先ほどから微かに温かい。

「加工されているのか」

「たぶん。石というより、魔力結晶の成れの果てに近い気がします。瘴気を中に留めるために、一度何かの術式を通したものかもしれません」

「普通の魔物の核とは違う?」

「違います」

 ミラは小型の銀針で、封じ布の上の粉をほんの少し動かした。

 黒い粉は、光を吸うように沈んでいる。

 祠の泉の水に触れた部分だけ、少し灰色に薄まっていた。

「魔物の瘴気なら、もっと荒いんです。嫌な気配はありますけど、流れがばらばらで、時間が経つと散っていくことも多い。でもこれは……」

「残る」

「はい。残るように作られている感じがします」

 エリオットは黙った。

 その言葉が、彼の中の何かに触れたのだろう。

 残るように作られている。

 二年前から、彼の右腕に残り続けている黒い瘴気。

 ミラは一瞬、言葉を選んだ。

 だが、ここで濁しても仕方がない。

「エリオットさん」

「何だ」

「あなたの右腕に残っている瘴気と、性質が似ています」

 室内が静かになった。

 外では、村人たちの声が微かに聞こえている。

 水を汲む音。子どもを叱る母親の声。鶏の鳴き声。

 その穏やかな生活音の中で、ミラの言葉だけが重く落ちた。

 エリオットは、右腕を見下ろした。

「同じものか」

「まったく同じではありません。こちらの欠片の方がずっと薄いです。表面に付着している瘴気も多くて、核も小さい。でも、流れ方が似ています」

「俺の腕の方が濃い」

「はい」

 ミラは静かに頷く。

「深く、魔力路の奥に食い込んでいます。この欠片は触れた人に熱や魔力の乱れを起こしました。でも、エリオットさんの腕にあるものは、もっと直接的に魔力路を焼いて、流れを封じるような性質があります」

「剣を握れないように」

 エリオットの声は低かった。

 ミラは胸が痛んだ。

「……その可能性があります」

 エリオットはしばらく何も言わなかった。

 怒るでもない。

 取り乱すでもない。

 ただ、右腕を見ている。

 その沈黙が、かえって痛々しかった。

「俺は」

 やがて、彼はぽつりと言った。

「あの時、自分が弱かったから負けたのだと思っていた」

 ミラは黙って聞いた。

「あの魔物の動きに対応できなかった。最後の一撃を入れる前に腕をやられた。もっと速ければ、もっと強ければ、俺は剣を失わずに済んだのだと」

「……はい」

「だが、もし最初から腕を潰すための何かが仕込まれていたなら」

 彼の左手が、膝の上で強く握られる。

「俺は、魔物とだけ戦っていたわけではなかったのか」

 ミラは、そこでようやく口を開いた。

「まだ断定はできません」

「君ならそう言うと思った」

「でも」

 ミラは彼の右腕に視線を落とした。

「少なくとも、普通の傷ではありません。普通の魔物の瘴気でもありません。それは、私にも分かります」

 エリオットは顔を上げた。

 ミラは、はっきりと言った。

「あなたが弱かったからではないと思います」

 エリオットの瞳が、わずかに揺れた。

 灰青色の瞳の奥に、長く沈んでいたものが少しだけ動いたように見えた。

「……そうか」

 低い声だった。

 救われた声ではない。

 まだ、そんな簡単なものではない。

 だが、自分を責めるためだけに向けられていた刃が、ほんの少しだけ別の方を向いた。

 ミラはそれで十分だと思った。

「今すぐすべてが分かるわけではありません。でも、この欠片は手がかりになります」

「ああ」

「だから、強い核は封じて持っていきます。弱い欠片は、可能な範囲でこの村で浄化します。ただし、無理はしません」

「俺の腕が耐えられる範囲で」

「はい」

 ミラが答えると、エリオットは静かに頷いた。

「分かった」

 



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