要塞になった魔道具屋 2
その夜、リンドル魔道具屋はさらに姿を変えた。
魔道具師組合から運ばれた古い封印錠が、裏口に取り付けられた。普段なら展示棚に並ぶ小型の結界札が、店内の柱へ貼られていく。
魔術組合の副組合長が自ら来て、屋根裏に干渉検知陣を描いた。
「屋根を通る者があれば、奥部屋ではなくこちらの警戒灯が鳴る」
彼は小さな青い灯を棚に置いた。
「ただし、鳴ったからといって追うなよ。相手が陽動なら、地下が手薄になる」
「分かっています」
オリヴァーが答える。
薬草師組合からは、鎮静香と避難薬が届いた。地下の封印が乱れた時に、作業員や近隣住民へ使うためのものだ。香りは弱く、けれど頭を冷やすような清涼感があった。
店主はそれを見て、またぼやいた。
「封印錠に警戒灯、鎮静香に避難薬。次は城壁でも建てるか」
「地下室ごと封じた時点で、半分は城壁です」
ロアンが真面目に言ってしまい、店主がじろりと彼を見た。
「笑えん冗談だな、ロアン」
「すみません」
オリヴァーが少しだけ笑う。
「とっておきは四つに増やしましょうか」
「五つだ」
「増えた」
「要塞代だ」
それを聞いて、ダリオが短く笑った。
笑い声はすぐに消えたが、その一瞬がありがたかった。
皆、怖いのだ。
何が相手か分からない。
いつ来るかも分からない。
守っているものが、どれほど危険なのかも完全には分からない。
それでも、手を動かしている。
封印を張り、札を貼り、香を置き、記録を取る。
そうやって、恐怖の中に手順を作っている。
深夜、オリヴァーは地下封印室に一人で降りた。
石箱は静かだった。
白石布の外側には、新たに三重目の封印環が刻まれている。地下室の壁全体を大きな封印箱と見立てた構造は、まだ馴染みきっていない。壁の線が時折細く光り、呼吸するように沈む。
オリヴァーは石箱の前に膝をついた。
「お前は、ここから動かさない」
誰に聞かせるでもない声だった。
グレイル村へ運ばれるはずだった核。
ミラたちが拾い、封じたもの。
そして今、セヴラン側が探っているもの。
動かせば、道中で奪われる。
ここに置けば、リンドルが狙われる。
どちらも危険だ。
それでも、守りやすい場所で守るしかない。
オリヴァーは反応針を確認した。
針先は安定している。
けれど、昨夜の南方向への共鳴が頭から離れなかった。
ミラたちのいる南で、何かが起きた。
それが何かは分からない。
だが、同じ系統の核が反応したのなら、偶然ではない。
「ミラ」
名前を呼んでしまってから、オリヴァーは苦く笑った。
ここで呼んでも届かない。
だが、父親とはそういうものなのだろう。
届かない場所にいる子の名を、つい呼ぶ。
階段の上で、小さな足音がした。
「師匠」
ロアンだった。
「休まないんですか」
「君こそ」
「見回りです」
「そうか」
ロアンは少し迷ってから、階段の途中に座った。
「師匠、ミラちゃんたち、大丈夫ですよね」
オリヴァーは石箱を見つめたまま答えた。
「大丈夫だと言いたい」
「……言わないんですか」
「軽く言えば、自分をごまかすことになる」
ロアンは黙った。
「でも、信じている」
オリヴァーは続けた。
「あの子は、何度も自分で道を見つけてきた。エリオット君もいる。セリアもレオンもいる。だから私は、こちらの道を塞がせない」
ロアンは小さく頷いた。
「はい」
「明日の実務会合、君も来るんだ。外向きの議事録を取ってもらう」
「僕がですか」
「今日、よく書けていた」
ロアンは一瞬言葉を失った。
それから、少しだけ頬を赤くする。
「……はい、師匠」
翌朝、リンドル三組合の共同集会所には、人が集まり始めていた。
薬草問屋。
運送商会。
倉庫を持つ大店。
水質検査に関わる職人。
魔道具素材の商人。
護衛を出せる商家の番頭。
彼らの顔には、困惑と警戒が混じっていた。
表向きの議題は、こう伝えられている。
――グレイル村周辺における薬草・水・土の異常反応調査について。
――旧坑道付近の採取品および流通荷の一時検査について。
――三組合合同の調査隊編成について。
核の名はない。
黒系術式の名もない。
地下封印の話もない。
それでも、重い空気は隠しきれなかった。
オリヴァーは集会所の入口近くで、参加者の顔をひとりずつ確認していた。ロアンは隣で出席名簿を持っている。
「怪しい者は?」
「三人います」
ロアンは小声で答えた。
「ひとりは北側薬草問屋の新しい番頭。組合長の推薦あり。ひとりは運送商会の代理。昨日、急に主人が熱を出したとか。もうひとりは封印具の補助職人を名乗っていますが、名簿にありません」
オリヴァーの目が細くなった。
「補助職人?」
「はい。魔道具師組合長の推薦欄にも、店主さんの控えにも名前がありません」
「入れるな」
「はい」
ロアンは集会所の扉を守る若い職人へ合図した。
封印具の補助職人を名乗った男は、一瞬だけ表情を動かした。すぐに困ったような笑みを浮かべる。
「手違いでしょう。私は急ぎで呼ばれて――」
「確認が取れるまで、入室はできません」
若い職人が丁寧に遮る。
「外でお待ちください」
男は何か言いかけたが、奥から魔道具師組合の副組合長が姿を見せると、口を閉じた。
そして、静かに集会所を離れていった。
オリヴァーはその背を追わなかった。
追わない。
今日も同じだ。
相手の顔を追うより、守るべき場を守る。
ただ、ロアンに短く告げた。
「特徴を記録。服装、背丈、手袋、歩き方」
「はい、師匠」
ロアンの筆が動く。
集会所の扉が閉まる。
リンドルの実務会合が始まろうとしていた。
その外側で、黒系の探りはすでに動いている。
だが、内側では、三つの組合が初めて同じ机につく。
グレイル村を救うために。
地下の核を守るために。
そして、王都へ届く道を塞がせないために。
《お知らせ》
今後は安定した連載を続けるために〖月水金〗に一話ずつ、週3話の更新となります。
更新を楽しみにしてくださっている皆様、よろしくお願いします。




