分けて守るもの 2
次に、グレイル村の正式調査について話し合われた。
薬草師組合長は、ここでは一歩も引かなかった。
「地下の核を守る必要は分かる。だが、村人を後回しにはできない。症状が薄く広がっているなら、今のうちに入らなければ悪化する」
「調査隊は出します」
オリヴァーはすぐに答えた。
「ただし、調査隊に渡す情報は段階的にします」
「段階的に?」
「最初に伝えるのは、グレイル村周辺に瘴気性危険物の疑いがあること。旧坑道へ不用意に近づかないこと。水、土、薬草、住民症状を確認すること。ここまでです」
魔道具師組合長が続ける。
「触媒殻の可能性は、隊長格にだけ伝えるべきだ」
「はい。地下の核の所在は伝えません」
薬草師組合の副組合長が言った。
「村人へはどう説明する」
「まずは、旧坑道周辺の水と薬草に異常反応の疑いがあるため、採取と使用を一時止める、と」
薬草師組合長が答えた。
「瘴気性危険物という言葉は、村を混乱させる。だが、水と薬草を止める理由は示さなければならない」
「住民症状の聞き取りは、薬草師組合が中心になりますね」
オリヴァーが言うと、彼女は頷いた。
「村に顔の利く者を選ぶ。外から来た調査員ばかりでは、聞き取れるものも聞き取れない」
「魔術組合からは測定師を二名」
魔術組合長が言った。
「ただし、若い者は入れない。異常反応の測定と言って出す。黒系という語は使わない」
「魔道具師組合は封印具と保護具を出す」
魔道具師組合長が続く。
「外注はしない。足りない分は古い封印具を解体してでも回す」
リンドル魔道具屋の店主が頷いた。
「うちからも封印布と反応針を出す。ただし、地下の封印に使っている型とは別系統にする」
「それがいい」
オリヴァーは言った。
「同じ型を出せば、地下の封印構造を推測される」
ロアンは、その言葉をしっかり書き留めた。
グレイル村以外の情報も、そこで共有された。
まず、オリヴァーがサリアとレーンでの出来事を話した。
サリアでの異常な対応。
レーンでの不自然な荷の扱い。
危険物や異常反応そのものよりも、それを小さく見せようとする動き。
王都筋からの圧力か、役人筋への介入かは分からない。
だが、現場の判断だけでは説明しづらいものがあった。
「役人がすべて敵というわけではありません」
オリヴァーは言った。
「むしろ、現場の役人の中には何も知らずに動かされている者もいるでしょう。ただ、正式な報告経路がどこかで止められる可能性がある。そこは警戒してください」
魔術組合の副組合長が顔をしかめる。
「つまり、組合名義の公式便も絶対ではない」
「はい」
「なら、検査依頼便にも注意が必要だな」
薬草師組合長が頷く。
「うちの便も、王都へ入った後は問屋、検査筋、場合によっては役所にも回る。重要なことは書きすぎない方がいい」
「そうです」
オリヴァーは机の上の外向き記録を指した。
「外向きには、“グレイル村周辺の薬草と水質に異常があるため検査協力を求める”で止めます。核、触媒殻、黒系、セヴラン。このあたりは書かない」
「セヴラン?」
薬草師組合の副組合長が眉を上げる。
オリヴァーはわずかに首を振った。
「王都で警戒されている黒系研究者の名です。ここでは深く触れません。名を出すほど、それを追う者にも追われる者にも危険が増す」
魔術組合長は、そこで何かを察したように黙った。
「分かった。名は出さない」
情報漏れへの対策も決められた。
実務会合には、大店や薬草問屋、運送商会、倉庫持ち、水質検査に関わる者たちを呼ぶ。
だが、そこで話すのは、グレイル村調査と流通荷の検査だけ。
地下の核は出さない。
王都便の分割方法も出さない。
触媒殻という言葉も使わない。
「調査隊に志願してくる者は必ず出るでしょう」
オリヴァーが言った。
「中には、探り役が混じる可能性があります」
「推薦制にする」
薬草師組合長が即座に言った。
「初回調査隊は、各組合長が身元を保証できる者だけ。外部協力者は入れない」
「封印具の納入も、組合内だけで完結させる」
魔道具師組合長が続ける。
「下請けには出さん」
「議事録はどうする」
魔術組合長がロアンを見る。
ロアンは少しだけ背筋を伸ばした。
「外向きの議事録は、渡す相手ごとに少しだけ表現を変えます。もし内容が外に漏れた時、どの写しから漏れたか分かるように」
薬草師組合長が目を細める。
「若いのに、なかなかえげつないことを考える」
「師匠に教わりました」
ロアンが反射的に答え、オリヴァーが小さく咳払いした。
「……有効な手です」
店主が少しだけ笑った。
重い会議の中で、ほんの一瞬だけ空気が緩んだ。
だが、それもすぐに消える。
守るべきものは多い。
敵は近い。
笑って済ませられる状況ではなかった。
昼を過ぎる頃には、方針が固まった。
地下の核は動かさない。
封印は三重化し、店全体を大きな封印箱として扱う。
グレイル村には正式調査隊を出す。
近隣の村や流通荷にも、薬草・水・住民症状の異常がないか確認する。
実務会合では、地下核と保管場所を伏せる。
王都へは、三組合の便を使って情報を分けて送る。
役人筋や公式便も完全には信用せず、符丁と分散で守る。
議事録は二種類作り、外向きの写しには差異を入れる。
ロアンの手は疲れで強張っていた。
それでも、最後の一行まで丁寧に書いた。
オリヴァーが、その記録へ目を落とす。
「よく書いた」
短い言葉だった。
ロアンは一瞬だけ目を見開き、それから少し照れたように頷いた。
「はい、師匠」
魔道具屋の店主が扉の反応糸を確認する。
「明日、実務会合を開く。大店と運送商会、薬草問屋、倉庫持ちを呼ぶ」
「地下の話はなし」
魔道具師組合長が念を押す。
「なしです」
オリヴァーが答えた。
「グレイル村を救うための会合にします」
薬草師組合長が立ち上がった。
「こちらは調査隊の候補を絞る。初回は少数精鋭だ。水と土を見られる者、住民症状を聞ける者を入れる」
魔術組合長も続いた。
「こちらは測定師を二名。外向きには、異常反応の確認として出す」
魔道具師組合長は店主を見た。
「封印具はこちらで出す。外注はしない」
店主は短く頷いた。
リンドルの三つの組合が、同じ方向を向き始めていた。
それは心強い。
だが、同時に危うくもある。
動けば目立つ。
目立てば、敵もまた動く。
会議が終わり、組合長たちが一人ずつ時間をずらして店を出ていった後、奥部屋にはオリヴァーと店主、ロアンだけが残った。
ロアンは机に突っ伏しそうになりながら、記録束を抱えていた。
「師匠……手が痛いです」
「よく書いたと言っただろう」
「もう一回言ってください」
「調子に乗るな」
店主が小さく笑った。
その笑いも、すぐに消えた。
扉の内側に張られた反応糸が、ほんのわずかに揺れたからだ。
全員が動きを止める。
オリヴァーの目が細くなった。
「……外か」
店主が静かに頷く。
「表通りではない。隣の屋根伝いだ」
ロアンはすぐに記録板を引き寄せた。
疲れていた手に、また力が戻る。
会議は終わった。
だが、守るべきものは増えた。
リンドルの後方戦線は、静かに次の段階へ入ろうとしていた。




