分けて守るもの 1
リンドル魔道具屋の奥部屋に、重い沈黙が落ちていた。
窓は閉められ、扉の内側には反応糸が張られている。店主が最後に内鍵を確かめる音がして、それきり表の店先の気配は遠くなった。
この場にいるのは、魔道具師組合の組合長と副組合長。魔術組合の組合長と副組合長。薬草師組合の組合長と副組合長。
そして、リンドル魔道具屋の店主、オリヴァー、記録役として控えるロアン。
ロアンは机の端で筆を握り、息を詰めていた。
これから話す内容は、外へ漏らせない。
それだけは、誰の顔にもはっきりと刻まれていた。
「まず、確認しておきます」
オリヴァーが口を開いた。
「この会合は二段に分けるための、内々の話し合いです。ここで扱うのは、地下の封印とグレイル村調査の核心です。明日以降、薬草問屋や運送商会、倉庫持ちを呼ぶ実務会合では、話す内容を絞ります」
魔道具師組合長が、深く頷いた。
「地下のものは、実務会合には出さない」
「はい」
オリヴァーは続けた。
「リンドル魔道具屋の地下には、グレイルの荷に紛れていた核を封印保管しています」
その言葉に、改めて室内の空気が重くなった。
薬草師組合の副組合長が、小さく息を呑む。
「核……」
「瘴気封入触媒の中核、あるいは核片に近いものです。ミラたちがグレイル村へ向かう荷の途中で発見し、封じたものを、私が引き取りました」
魔術組合長は机上の図面へ視線を落とした。
「では、グレイル村に残っているのは」
「核を欠いた触媒殻、または核由来の瘴気封入触媒の可能性が高いです」
オリヴァーは慎重に言葉を選んだ。
「核そのものはここにある。ですが、だからといってグレイル村が安全になったとは限りません。旧坑道に残ったものが、水や土、薬草、住民の体へ影響を残している可能性があります」
薬草師組合長の顔が険しくなる。
「こちらでも、いくつか妙な報告は受けています」
彼女は持参した記録束を机に広げた。
「グレイル村周辺から入る薬草の一部で、薬効が鈍い、乾燥後の香りが弱い、煎じた時に喉に冷えが残る、という報告がありました。採取地が旧坑道に近いものほど不安定だという話もあります」
「住民の症状は?」
オリヴァーが問う。
「咳、倦怠、夜に眠りが浅い、薬の効きが遅い。重症者が多数という段階ではありません。ただ、村全体に薄く広がっている可能性はあります」
魔術組合の副組合長が、眉間に皺を寄せた。
「急性の瘴気汚染とは少し違うな」
「ええ」
薬草師組合長は頷く。
「だからこそ、判断が遅れました。水が悪いのか、土が荒れたのか、薬草の採取時期が悪かったのか。村からの報告も曖昧でした」
「曖昧にさせられていた可能性もある」
オリヴァーが静かに言った。
薬草師組合長が顔を上げる。
「どういう意味だ」
「グレイル村以外でも、道中で不自然なことがありました。サリア、レーン。どちらでも、異常そのものよりも、異常の扱われ方がおかしかった」
ロアンの筆が走る。
サリア。
レーン。
役人筋への圧力の可能性。
オリヴァーは続けた。
「現場の役人や商会がすべて黒という意味ではありません。ですが、報告が鈍る。調査が後回しになる。危険物がただの品質不良として処理されかける。そういう圧力が、どこかからかかっている可能性があります」
魔術組合長が目を細めた。
「役所経由の報告を信用しきるな、ということか」
「はい」
オリヴァーは頷いた。
「役所へ通せば早いとは限りません。むしろ、そこで止まる可能性があります。組合名義の便も安全とは言い切れません。だから、これから王都へ送るものは分けます」
最初に決まったのは、地下の核についてだった。
実物は動かさない。
その一点だけは、全員がすぐに同意した。
「王都へ運ぶなど論外だ」
魔道具師組合長が言った。
「街道で奪われれば終わりだ。ここで封じている限り、まだ守れる」
「ただし、王都へ知らせないわけにもいきません」
オリヴァーは言った。
「王都には、私の息子がいます。ライヘル・コックス。王立魔術院の研究員です。今は魔術院側の協力者とともに、黒系の記録や押収品の流れを追っています」
魔術組合長が頷いた。
「魔術院に繋がる経路なら、こちらの王都支部便が使える」
「その便に、外部干渉の記録と反応測定の写しを入れたい」
「宛先は?」
「表向きは王都支部宛ての調査相談。中身は、ライヘルへ渡るよう符丁を入れます。魔術院側の協力者にも届くようにしますが、会議記録には名を残しません」
ロアンは一瞬だけ筆を止め、すぐに頷いて記録を調整した。
名を残さない。
それも守りの一つだった。
「送るものは三つに分けます」
オリヴァーは机に三枚の紙を置いた。
「ひとつ目。魔術組合便。外部干渉の記録、反応針の変化、南方向への共鳴、黒系の疑いがある反応測定。これは王都の魔術院側へ届くようにします」
「ふたつ目は?」
魔道具師組合の副組合長が問う。
「魔道具師組合の封印具輸送便です。こちらには反応写しと、封印布の外縁片を入れます。ただし、核に近い部分は絶対に入れません。封印構造そのものも送らない」
魔道具師組合長が短く頷いた。
「封印具の修理依頼に見せかけるなら自然だ」
「三つ目は、薬草師組合便です」
薬草師組合長が身を乗り出す。
「王都の薬草問屋や薬師組合、検査筋へ送る便か」
「はい。グレイル村周辺の薬草、水、土、住民症状の調査計画と、流通済み薬材の一時確認依頼を入れます。自然な報告に見せます。重要な箇所は、ライヘルにだけ分かる符丁を混ぜます」
薬草師組合長はしばらく考え、頷いた。
「王都の薬草筋へ届くなら、不自然ではない。だが、誰の手に渡るか分からない」
「だから、そこには核の話を書きません」
オリヴァーは言った。
「薬草師組合便に入れるのは、あくまで薬草と水と住民症状の異常です。地下のことは触れない」
魔術組合長が、机を指で軽く叩いた。
「三つの便を合わせて、初めて全体が見えるわけだな」
「はい」
「一つ止められても、他で異常に気づける」
「そのための分散です」
ロアンは書きながら、背筋に冷たいものを感じた。
王都へ送る。
ただそれだけのことが、これほど難しい。
それはつまり、相手がそれだけ深く手を伸ばしているということだった。




