中核会議 2
その日の午後、リンドル魔道具屋の店主は、いつもの仕入れ確認を装って町を回った。
まず魔道具師組合長の工房へ行き、封印環の素材について話すふりをして、奥の作業場で短く告げた。
「明後日、うちの奥部屋に来てくれ。副組合長も一緒に。グレイル村の件だ」
組合長の顔が変わる。
「地下のものも関係するか」
「関係する。だから、誰にも言うな」
「分かった」
次に魔術組合。
表向きは反応針の調整依頼だった。
魔術組合長は、店主の言葉を聞くなり、机の上の書類を伏せた。
「外から探られたのか」
「昨夜、裏口を触られた」
「……来たか」
「来た。だから呼ぶ」
魔術組合長は副組合長の名を挙げた。
「連れていく。だが、若い測定師たちはまだ入れない」
「その判断でいい」
最後に薬草師組合。
薬草師組合長は、グレイル村という名を聞いただけで眉をひそめた。
「村からの薬草は止めている。だが、周辺の水や土まではまだ見られていない」
「正式調査になる」
「やっとか」
その声には、安堵と怒りが混じっていた。
「村を放っておくわけにはいかない」
「そのための会議だ。ただし、話す内容は重い。副組合長だけ連れてきてくれ」
「分かった」
こうして、内会合の参加者は決まった。
誰にも書状は残さない。
誰にも時間以外の詳細は伝えない。
集まる理由も、表向きには「グレイル村周辺調査の準備」とする。
リンドルの町は、いつも通りに見えた。
けれど、その裏側で、静かに糸が張られていく。
夜、オリヴァーは再び地下封印室に降りた。
石箱の周囲には、三重目の封印環が刻まれている。壁そのものを大きな箱に見立てる形だ。床には反応陣。天井には白石糸。扉には二重の鍵と、魔術組合の干渉検知符。
ロアンは記録板を抱え、石箱から少し離れた場所に立っていた。
「師匠、南方向の共鳴は今は落ち着いてます」
「ああ」
「でも、昨日の反応はカーヴェルですよね」
オリヴァーはすぐには答えなかった。
石箱を見つめる。
「おそらくな」
「ミラさんたち、大丈夫でしょうか」
「分からない」
オリヴァーは正直に言った。
「だが、ミラは簡単には折れない。エリオットもいる。セリアとレオンもいる」
「師匠は心配じゃないんですか」
「心配だ」
ロアンは顔を上げた。
オリヴァーは石箱から目を離さない。
「心配だから、ここを守る。向こうが前に進んでいるなら、こちらが後ろを抜かれるわけにはいかない」
その言葉に、ロアンは唇を結んだ。
「はい」
翌々日の朝、リンドル魔道具屋は臨時休業の札を出した。
表向きには、棚卸しと大型封印具の調整のため。
けれど、店の奥部屋には、普段なら一堂に会することのない顔ぶれが集まり始めていた。
魔道具師組合長と副組合長。
魔術組合長と副組合長。
薬草師組合長と副組合長。
リンドル魔道具屋の店主。
オリヴァー。
そして、記録役のロアン。
ロアンは緊張した面持ちで、机の端に座っていた。
組合長たちの視線は重い。
だが、誰も彼が若いことを責めなかった。オリヴァーの隣で記録を取る者として、すでにその場にいる理由は示されていた。
店主は扉を閉め、内鍵をかけた。
さらに、反応糸を扉の内側へ張る。
「この会議で話す内容は、外へ出さない」
店主の声は低かった。
「外へ出す内容は、ここで決める。議事録も二種類作る」
魔術組合長が頷く。
「黒系の干渉があったと聞いた」
「昨夜ではなく、一昨日だ。裏口を探られた」
薬草師組合長の顔が険しくなる。
「グレイル村の調査だけでは済まないな」
「済まない」
オリヴァーが口を開いた。
全員の視線が彼に集まる。
「まず、確認しておきます。これから話すものは、グレイル村に残る触媒の件だけではありません」
ロアンが筆を構える。
オリヴァーは、一呼吸置いた。
「リンドル魔道具屋の地下には、グレイルの荷に紛れていた核を封印保管しています」
室内の空気が、明らかに重くなった。
薬草師組合の副組合長が、小さく息を呑む。
魔道具師組合長は目を閉じた。
魔術組合長は、机に置いた指をぴたりと止める。
「……核、か」
老いた魔道具師組合長が低く言った。
「本当に、その言葉を使わねばならないものなのか」
「使わざるを得ません」
オリヴァーは答えた。
「瘴気封入触媒の中核、あるいは核片。それに近いものです。グレイル村の旧坑道には、核を欠いた触媒が残っている可能性が高い」
「つまり」
薬草師組合長が言った。
「村には危険な殻が残り、核はここにある」
「はい」
「そして、誰かがそれを探っている」
「はい」
沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、魔術組合の副組合長だった。
「外へは出せないな」
「出しません」
オリヴァーは即答した。
「拡大会議では、地下の核の存在は伏せます。話すのは、グレイル村周辺の瘴気性危険物調査、水・土・薬草・住民症状の確認、流通荷の一時保留と検査までです」
「だが、調査隊は出す」
「出します」
薬草師組合長が強く頷いた。
「ならば、村人を後回しにはしない」
「そのための会議です」
オリヴァーは、机の上に二枚の議事録案を置いた。
「こちらが中核記録。こちらが外向き記録。今から、何を残し、何を伏せるか決めます」
ロアンは筆を握り直した。
中核会議が始まった。
地下に核を抱えたリンドルで、グレイル村を救うための後方戦線が、ようやく形を取り始めた。




