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中核会議 1

 リンドル魔道具屋の裏口に残っていた痕跡は、ひどくわずかなものだった。

 雨上がりの石畳には、いくつもの足跡が重なっている。店の裏手は荷運びや職人の出入りも多く、ひとつの足跡だけを追うことは難しかった。

 ダリオはしゃがみ込み、濡れた石畳の隙間を指でなぞる。

「足跡は消えてるな。雨と人通りで潰れてる」

 ロアンは反応糸の端を慎重につまんだ。

 白石を編み込んだ細い糸が、ほんのわずかに灰色へ曇っている。

「でも、触ってます。切ろうとしたんじゃなくて……反応を見るために、ちょっとだけ」

「店の中へ入る気はなかった?」

「今は、たぶん。地下の位置か、封印の強さを探ったんだと思います」

 ロアンは眉を寄せた。

「師匠に見せた方がいいですね」

 ダリオが頷く。

「追うか?」

「追わない方がいいと思います。相手がひとりとは限りません」

「だな。こっちが外へ出たところを見られる方がまずい」

 二人は、裏口周辺の痕跡を白石布に写し取り、反応糸の曇った部分だけを小瓶に収めた。

 顔は見えない。

 名も分からない。

 ただ、誰かが確かにここを探っていた。

 それだけで十分だった。

     

「深追いはしない」

 オリヴァーは、小瓶の中の反応糸を見て言った。

 地下封印室の上、魔道具屋の奥部屋には、店主とロアン、ダリオが集まっていた。机の上には、昨夜から今朝にかけての記録が並んでいる。

 地下封印の揺れ。

 裏口の反応糸。

 南方向への共鳴。

 黒い紙片らしき灰白反応。

 店主は腕を組んだまま、難しい顔をしていた。

「追わなくていいのか」

「今追って、捕まえられる保証はない。むしろ、こちらが何に気づいたかを教えることになる」

 オリヴァーは反応糸の曇りを見つめた。

「相手は密偵本職ではないかもしれない。だが、黒系の反応を探る道具は持っている。こちらが地下封印を警戒していると悟られれば、次はもっと直接来る」

「じゃあ、守りを固める方が先ですね」

 ロアンが言った。

「そうだ」

 オリヴァーは頷く。

「今日は三組合の内会合の調整に入る。誰を呼ぶか。どこまで話すか。議事録に何を書くか。拡大会議では何を伏せるか。全部、ここで詰める」

 店主が短く息を吐いた。

「三者組合の組合長と副組合長。魔道具師、魔術、薬草師。それぞれ二名ずつ。そこに私と、お前と、ロアンか」

「はい」

 ロアンは背筋を伸ばした。

「僕は記録役ですね、師匠」

「そうだ。ただし、記録は二種類作る」

「二種類?」

 オリヴァーは机に紙を二枚置いた。

「ひとつは中核記録。地下に封印している“グレイルの荷に紛れていた核”の存在、封印強化、外部干渉、グレイル村正式調査、情報制限。これは内会合の参加者以外には出さない」

 もう一枚を指す。

「もうひとつは外向きの議事録。グレイル村周辺の瘴気性危険物調査、水・土・薬草・住民症状の確認、流通荷の一時保留と検査。地下核の所在も、封印構造も、セヴランの名も書かない」

 店主はゆっくり頷いた。

「実務会合で配るのは外向きだけか」

「はい。大店、薬草問屋、運送商会、倉庫持ち、水質検査に関わる者たちには、それで十分です」

 ダリオが壁にもたれながら言った。

「だが、黒系側が実務会合に紛れようとするかもしれないんだろ?」

「紛れるだろうな」

 オリヴァーは即答した。

「内会合には入れない。だが、拡大会議の周辺には来る。調査隊の補助員、封印具の納入業者、薬材検査の記録係、荷運び、議事録写し。そういうところから探るはずだ」

「じゃあ、実務会合も危ないじゃないですか」

 ロアンの声が強くなる。

 オリヴァーは、少しだけ目を細めた。

「危ない。だが、動かさなければグレイル村を救えない。流通も止められない」

 その言葉に、部屋が静かになった。

 リンドルの地下に核がある。

 それを守るためには、情報を絞らなければならない。

 けれど、グレイル村にはまだ人がいる。

 旧坑道には触媒が残り、水や土や薬草に影響が出ているかもしれない。

 守るだけでは足りない。

 助けにも行かなければならない。

「だから、分ける」

 オリヴァーは言った。

「真実を全部知る者。現地調査に必要な情報だけを知る者。流通を止めるための指示だけを受ける者。役割ごとに情報を分ける」

 ロアンは、記録用の紙を見下ろした。

「師匠、議事録にも罠を入れますか」

 店主が眉を上げる。

「罠?」

「写しごとに、ほんの少し表現を変えるんです。もし外へ漏れたら、どの写しから漏れたか分かるように」

 ダリオが小さく笑った。

「お前、なかなかえげつないこと考えるな」

 ロアンは少しだけ顔を赤くした。

「師匠が前にやってました」

「余計なことを覚えたな」

 オリヴァーはそう言いながらも、否定しなかった。

「採用する。外向き議事録は、渡す相手ごとに表現を少しずつ変える。保管位置は書かない。地下という語も使わない」

「核という語もなしですね」

「なしだ」

 店主は深く頷いた。

「では、内会合は明後日。明日は各組合長と副組合長へ、私から直接伝える。書状では呼ばない」

「口頭で?」

「もちろんだ」

 店主の声は硬かった。

「いまは紙の方が危ない」

     


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