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後方の封印 1

 オリヴァー・コックスの先触れがリンドルへ届いたのは、彼本人が町へ戻る二日前のことだった。

 雨上がりの朝、リンドルの魔道具屋の扉はまだ半分しか開いていなかった。店先に並ぶ小型灯や結界札の埃を払っていた店主は、魔道具師組合の封緘が押された急ぎの書状を受け取った瞬間、表情を変えた。

 封を切る前から、嫌な予感はあった。

 グレイル村へ運ばれるはずだった荷。

 その途中でミラたちが拾い、オリヴァーが引き取った核。

 現在、店の地下に封印保管している、あの黒いもの。

 それに関わる書状が、ただの近況報告であるはずがなかった。

 店主は書状を読み終えると、すぐに店の奥へ声を飛ばした。

「組合へ走れ。魔道具師組合、魔術組合、薬草師組合、三つともだ」

 若い職人が顔を出す。

「三つとも、ですか」

「三つとも。今すぐ」

 店主は書状を畳み、胸元へしまった。

「グレイル村の件が、正式な調査になる」

 職人の顔から血の気が引いた。

「じゃあ、地下のあれも」

「確認する。だが、動かさない」

 店主は低く言った。

「オリヴァーが戻るまで、絶対に動かさない」

     

 その日の昼には、リンドルの魔道具屋の奥部屋に三者組合の代表が集まっていた。

 魔道具師組合からは封印具に詳しい老職人と、店主。

 魔術組合からは反応測定を専門とする魔術師二人。

 薬草師組合からは、グレイル村周辺の薬草と水質に詳しい薬草師が来ている。

 机の上には、オリヴァーの先触れが広げられていた。

 ――グレイル村旧坑道に残る瘴気封入触媒の正式調査準備。

 ――水、土壌、薬草、住民症状の経過確認。

 ――地下封印中の核は、実物を動かさないこと。

 ――王都へ送る場合は反応写しのみ。

 ――外部干渉の可能性あり。封印強化を推奨。

 薬草師組合の代表が、深く息を吐いた。

「正式調査となれば、村へ入る者の安全も考えねばならん。坑道周辺の薬草は、すでに採取停止を出しているが……住民への影響がどこまで残っているか」

「水脈も見る必要があります」

 魔術師が言った。

「核本体はここにある。だが、旧坑道に置かれた触媒が残っているなら、周辺の水と土に反応が残っていてもおかしくない」

「核本体、か」

 魔道具師組合の老職人が、苦々しく呟く。

「あれを核と呼ぶだけで、背中が寒くなる」

 店主は黙っていた。

 この中で、地下の封印室へ何度も降りているのは自分だ。

 あの核がどういうものか、完全に理解しているわけではない。けれど、ただ危険な魔道具という言葉では済まないことだけは分かっている。

 封じているのに、時折こちらを見ている気がする。

 そういうものだった。

「地下の封印は、今のところ保っています」

 店主は言った。

「ただし、一昨日の深夜、反応針が一度だけ灰色へ沈みました」

 部屋の空気が変わる。

「外からか」

 老職人が問う。

「断定はできません。地下から漏れた反応ではなく、外から何かに呼ばれたような揺れ方でした」

「位置を探られている可能性は?」

 魔術師の声が低くなる。

「あります」

 店主は頷いた。

「それだけではありません。ここ数日、妙な客が増えました」

「妙な客?」

「封印箱を注文したいと言いながら、地下の構造を聞きたがる者。グレイル村の荷を誰が預かったのか探る者。夜間、裏の魔力線に触れようとした痕もあります」

 薬草師が眉をひそめる。

「つまり、もう嗅ぎつけられていると?」

「少なくとも、探られています」

 店主は机に手を置いた。

「だから、実物は動かしません。オリヴァーが戻るまでは地下封印を二重から三重へ。店の周囲に反応糸を張ります。グレイル村調査の準備は進めますが、地下の核の詳細を知る人数はここにいる者だけに絞る」

「当然だな」

 老職人が頷いた。

「これはもう、魔道具屋一軒の問題ではない」

 その言葉に、誰も異論を挟まなかった。

     

 夕方、リンドルの通りに馬車の音が響いた。

 雨上がりの石畳を軋ませながら、一台の荷馬車が魔道具屋の前で止まる。

 御者台からダリオが降り、続いてロアンが荷台の封印箱を確認する。そして最後に、オリヴァーが馬車を降りた。

「師匠、荷は全部無事です」

 ロアンが言った。

「反応写しの箱も、偽白外枠片も変化なしです」

「分かった」

 オリヴァーは店の看板を見上げた。

 久しぶりに戻ったリンドルの空気は、懐かしいはずだった。けれど今は、胸の奥に重いものが沈んでいる。

 ミラたちは南へ向かった。

 自分はここへ戻った。

 前線と後方。

 どちらも、もう安全な場所ではない。

 店主が扉から出てきた。

「戻ったか、オリヴァー」

「先触れは」

「届いた。三者組合も集めた。地下はまだ保っている」

 まだ、という言葉に、オリヴァーの目が細くなる。

「変化があったのか」

「深夜に一度、反応針が灰へ沈んだ。外から呼ばれたような揺れだった」

 ロアンが息を呑む。

「セヴラン側ですか」

「断定はできない」

 オリヴァーは答えた。

「だが、想定から外れてはいない」

 彼は荷台の封印箱を見た。

「先に地下へ行く」

「休まなくていいのか」

「休むのは、確認してからだ」

 その言い方に、店主は何も言わなかった。

     


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