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337/343

人の形をしたもの 3

「ミラ、下がれ」

 エリオットの声がした。

 苦しそうな声だった。

 それでも、ミラを引き戻そうとしている。

 ミラは首を横に振った。

「封印が」

「君が倒れたら終わりだ」

 その言葉に、胸が詰まった。

 だが、体は動かなかった。

 その間に、二人の騎士が木箱の両側を持ち上げた。

 白い繭に包まれた核が、木箱の奥で低く震える。

 セリアが叫ぶ。

「待ちなさい! 封印状態を記録します。最低でも移送方向を――」

「不要だ」

 先頭の騎士が言った。

 セリアは記録板に走り書きする。

「騎士団系一団、正式命令書提示なし。危険物回収名目。三名、所属不明。痛覚反応異常。黒系処置痕の可能性。木箱を封印状態のまま搬出――」

「記録をやめろ」

 三人目の騎士が、セリアへ手を伸ばした。

 レオンが即座にその手を弾く。

「彼女に触るな」

 その騎士の手首にも、黒い線が一瞬浮いた。

 エリオットの右手が、また反応する。

 熱い。

 断て。

 ミラを守れ。

 仲間を守れ。

 だが、使えない。

 使えば壊れる。

 そして、完全に止められる力はまだない。

 エリオットは、これほど自分の右腕を憎んだことはなかった。

 戻りかけている。

 なのに、届かない。

 守りたい。

 なのに、守りきれない。

     *

 木箱が小部屋の入口へ運ばれていく。

 白い繭はまだ保っている。

 ミラの封印は崩れていない。

 それだけが救いだった。

 だが、核は奪われる。

 カーヴェルの水を曲げていたもの。

 ようやく封じたもの。

 村の苦しみの元凶。

 それが、騎士団を名乗る者たちの手で持ち去られていく。

 ロベルトが壁際で震えていた。

「騎士団が……なぜ」

「騎士団全部じゃない」

 レオンが低く言った。

「だが、騎士団の中にあれを動かせる者がいる」

 セリアは唇を噛み、記録板を抱えた。

「残します。全部。今の動きも、反応も、命令書を出さなかったことも」

 ミラは頷こうとした。

 けれど、視界が揺れた。

 白い苔。

 黒塗りの箱。

 エリオットの右腕。

 患者の咳。

 水場の札。

 謎の青年。

 先生。

 セヴラン。

 謎の騎士たち。

 全部が一度に押し寄せる。

 まだ、確認しなければ。

 水路への干渉が本当に止まっているか。

 木箱が動いたことで封印が乱れていないか。

 エリオットの右腕は無事か。

 患者たちの症状は。

 まだ。

「ミラ?」

 エリオットの声が遠く聞こえた。

 足元が抜ける。

 ミラは、倒れるのだと遅れて気づいた。

 その瞬間、エリオットが動いた。

 考えるより先だった。

 左手では間に合わない。

 だから、右腕が出た。

 補助具に収めていたはずの右腕が、短く、ぎこちなく、それでも確かに動く。

 ミラの肩を支え、倒れ込む体を抱き留める。

 痛みが、腕全体を焼いた。

「ぐっ……!」

 エリオットは息を詰める。

 だが、離さなかった。

 黒を断つためではない。

 敵を倒すためでもない。

 ただ、ミラを落とさないために。

 右腕は震えている。

 指先の感覚がある。

 小指の先まで、彼女の服の布地を感じている。

 それが痛みより先に、エリオットの胸を締めつけた。

「ミラ」

 返事はない。

 彼女は完全に意識を失っていた。

 セリアが駆け寄る。

「ミラさん!」

 レオンが入口を睨んだまま叫ぶ。

「追うな! まず二人を下がらせる!」

 排水路の向こうで、騎士団系の一団の足音が遠ざかっていく。

 木箱は奪われた。

 核も奪われた。

 しかし、封印記録は残った。

 外殻片の欠損も、未名乗りの青年の発言も、騎士団系一団の異常も、すべて残った。

 そしてエリオットの右腕は、ミラを支えたまま震えていた。

 守れなかったものがある。

 けれど、落とさずに済んだものもある。

 その重さを抱えたまま、エリオットは歯を食いしばった。

「……ミラを、診療小屋へ」

 声は掠れていた。

「早く」

 セリアが頷き、レオンが退路を開く。

 カーヴェルの旧排水路には、木箱の消えた跡と、迷いを失いかけた水音だけが残っていた。



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