人の形をしたもの 2
先頭の騎士が短く命じる。
「回収しろ」
三人のうち、一人が前へ出た。
足音が重い。
しかし、迷いがない。
セリアが立ち塞がる。
「待ちなさい。封印布に触れないでください。触れれば記録します。移送責任者を――」
その騎士は、セリアの言葉を聞いていないかのように進んだ。
レオンが剣を横に出す。
「それ以上近づくな」
騎士は止まらない。
レオンの刃が、騎士の肩当てを浅く切った。
普通なら、そこで反応する。
痛みに肩が引く。
視線が刃へ向く。
身体がわずかに守りへ傾く。
だが、その騎士は止まらなかった。
切られた肩から、黒い細い線が一瞬だけ浮かび上がる。
ミラは息を呑んだ。
「痛みの道が……動いていない」
エリオットの右腕が、さらに熱を増した。
熱い。
苦しい。
小指の先まで感覚がある。
補助具の内側に触れる布の擦れも、汗の湿りも分かる。
そして、右腕の奥で何かが叫んでいる。
断て。
あれは危険だ。
ミラに近づけるな。
だが、あれは人間だ。
人間の姿をしている。
人間なのに、黒い反応に包まれている。
断っていいのか。
何を断てばいい。
人か。術式か。黒か。
エリオットは動けなかった。
右腕を使えば、壊れるかもしれない。
今まで取り戻しかけたものを、全部失うかもしれない。
それでも、目の前の騎士はミラへ近づいている。
ミラは木箱の前に立っていた。白花の力を使いすぎて、顔色は悪い。それでも一歩も退かない。
「今、動かせば水路への封印が乱れます」
ミラは必死に言った。
「村の人たちがまた苦しむかもしれません。せめて、封印の移送手順を確認させてください」
騎士は答えない。
ただ、木箱へ手を伸ばした。
その腕が、ミラの肩のすぐ横を通ろうとした。
その瞬間。
エリオットの中で、何かが弾けた。
ミラに近づくな。
理性より先に、その思いが走った。
右腕の奥から、白い剣性反応が漏れる。
刃ではない。
完全な力でもない。
それでも、魔を断つ白い反応が、一瞬だけ小部屋を走った。
騎士の腕に触れる。
じゅ、と焦げるような音がした。
鎧の下に仕込まれていた黒い媒介が焼け、腕の魔力路に沿って細い白い傷が走る。
普通なら、膝をつく。
普通なら、叫ぶ。
だが、その騎士は眉ひとつ動かさなかった。
焼けた腕のまま、木箱の端を掴む。
「……っ!」
エリオットは右腕を押さえ、膝をつきかけた。
痛みが走る。
封鎖の奥が軋む。
白い反応を漏らした代償が、腕の奥で跳ね返る。
ミラが振り返る。
「エリオットさん!」
「見るな!」
エリオットは叫んだ。
「木箱を――」
言い終える前に、二人目の騎士が前へ出た。
セリアが封印布を守ろうとする。
「触れないでください!」
三人目が、無言でセリアの前に立つ。
攻撃はしない。
だが、進路を塞ぐ。
レオンが踏み込もうとした瞬間、先頭の地方騎士が声を張った。
「妨害すれば、公務執行妨害として拘束する」
「正式書類も出さない連中が何を言う」
レオンの声は低い。
しかし、ここは狭い旧排水路だった。
戦えば木箱の封印が崩れる。
水路へ再び黒が流れるかもしれない。
背後にはミラがいて、消耗しきったセリアがいる。
レオンは歯を食いしばった。
今、ここで斬ることが最善ではない。
それが分かるから、余計に苦い。
ミラは白花を木箱へ向けようとした。
せめて封印だけでも保つ。
動かされても、水路へ戻らないように。
けれど、光がうまく集まらない。
指先が震える。
目の前が一瞬、白く霞んだ。
「……まだ」
ミラは唇を噛む。
まだ倒れられない。
患者がいる。
水の確認も必要だ。
エリオットの右腕も診なければならない。
木箱を奪われるなら、せめて封印状態だけでも――




