人の形をしたもの 1
旧排水路の入口から響いた声に、小部屋の空気が凍った。
「騎士団による危険物回収任務だ。封鎖区域内の瘴気性触媒を、こちらの管理下へ移す」
レオンが剣を構え直した。
ミラは、白い繭に包まれた黒塗りの木箱の前に立ったまま、息を詰める。
核の封印。
未名乗りの謎の青年との対峙。
エリオットの右腕の確認。
そこまでで、体はもう限界に近かった。
それでも、退けなかった。
この木箱を動かせば、せっかく戻りかけた水の道がまた乱れるかもしれない。村の患者たちに、再び冷たい白が流れ込むかもしれない。
だから、ここだけは譲れない。
やがて、複数の足音が小部屋の入口に現れた。
先頭に立っていたのは、地方騎士団の装備をまとった男だった。胸当てに南方駐屯騎士団の簡易徽章がある。だが、その後ろに続く三人は違った。
装備は騎士団式に見える。
けれど、紋章がない。
外套の留め具も、肩当ても、どこか意図的に印を削られている。
何より、その三人は静かすぎた。
狭い旧排水路に入っても呼吸を乱さない。
白い苔の密集する小部屋を見ても顔色を変えない。
封印された黒塗りの木箱を前にしても、恐れも警戒も見せない。
ただ、命令を待つように立っていた。
エリオットの右腕が、補助具の中で強く熱を持った。
核への反応とは違う。
人だ。
人の形をしている。
息をしている。
鎧を着て、こちらを見ている。
なのに、右腕の奥が告げていた。
違う。
あれは危険だ。
人の形をしているが、人の道から外されている。
エリオットは歯を食いしばった。
なぜだ。
なぜ、人間の形をしているものに、右腕がここまで反応する。
あれは魔獣ではない。核でもない。
それなのに、黒いものが内側に塗り込められている。
本当に、人間なのか。
その問いが浮かんだ瞬間、エリオットは自分自身に嫌悪した。
人間に決まっている。
だが、何をされた。
あの三人の魔力路に、何が絡みついている。
「命令書を提示してください」
セリアが、一歩前へ出た。
声は冷静だった。
だが、記録板を握る指は硬い。
「騎士団による危険物回収と仰いましたね。正式な命令書、回収責任者名、移送先、封印管理者名を提示してください」
先頭の騎士は、短い紙片を差し出した。
セリアはそれを受け取り、目を走らせる。
すぐに眉をひそめた。
「これは正式な命令書ではありません。封鎖区域用の臨時符号だけです。責任者名も移送先も記載がない」
「危険物回収に必要な権限は示されている」
「示されていません」
セリアは即座に返した。
「この木箱は通常の危険物ではありません。村の水路へ干渉していた核、あるいは核由来触媒です。封印状態を崩せば、村へ再汚染が起きる可能性があります」
「危険物であるなら、なおさら騎士団管理下へ移す」
「騎士団の手に負えるものではありません」
その言葉に、先頭の騎士の目が細くなった。
「貴殿は何者だ」
「銀環堂所属、封印具職人セリア・ナクトです。この場の封印記録を担当しています。木箱を移送するなら、封印状態、移送手順、移送先、責任者名をすべて記録します」
「記録は不要だ」
「必要です」
セリアは引かなかった。
「不要だと判断した方の名も記録します」
沈黙が落ちた。
レオンがわずかに剣を下げ、しかしいつでも踏み込める位置に立つ。
「妙だな」
彼は低く言った。
「地方騎士団の危険物回収にしては、連れている者が物々しい」
先頭の騎士は答えない。
その後ろの三人も、微動だにしない。
レオンは視線だけで三人を測った。
騎士の歩幅。
訓練された立ち方。
けれど、間合いの取り方が普通ではない。
痛みを避ける動きがない。
恐怖に備える呼吸もない。
命令を受けるためだけに、体の向きが整っている。
「……普通の騎士じゃないな」
その呟きに、ミラは三人を見た。
彼女にも分かった。
黒い。
けれど、核の黒ではない。
人の中に、無理やり別の道を通されたような黒。
痛みへ向かう道。恐怖へ向かう道。迷う道。ためらう道。
そういうものが、どこかで折られている。
ミラの背筋が冷えた。
この人たちは、敵なのか。
それとも、被害者なのか。
考える余裕はなかった。




