白い繭 2
「まず、水の道を外します」
ミラは白石布を広げながら言った。
「核を壊すことはできません。でも、水と繋がっている道を少しずつ離せば、村への干渉は弱められるはずです」
セリアが頷く。
「木箱全体を包む封印布はありません。持ってきた布では、導管と封印線の要所を押さえるのが限界です」
「十分です」
「十分ではありません。けれど、今できる最大です」
セリアは淡々と言い直し、封印具を取り出した。
「ミラさんが内側から白花で核を囲う。私は外側から、導管と箱の封印線を固定します。レオンさんは護衛と退路確保。エリオットさんは感知。黒い反応が強まったら、すぐ知らせてください」
「分かった」
レオンが剣を抜いた。
ロベルトは、震える手で坑道灯を支える。
「私は」
「水路図を見てください」
ミラは言った。
「水がどこから入り、どこへ戻るのか。私が見失ったら、教えてください」
ロベルトは、はっとした顔で頷いた。
「分かりました」
ミラは木箱の前へ膝をついた。
白花の光を灯す。
いつもより強く。
けれど、広げすぎない。
村全体ではない。
水路全部でもない。
今見るのは、木箱の下を通る水の道。
冷たい白に絡め取られ、横へ曲げられ、村へ戻される前に性質を変えられてしまう水。
その中に、細く、かすかに、本来の流れが残っている。
ミラはそれを掴んだ。
「……戻って」
白花の光が、糸のように水路へ伸びる。
黒塗りの木箱の周囲で、白い苔がざわりと揺れた。
まるで、触れるなと警告しているようだった。
冷たい白が、ミラの白花へ絡みつこうとする。
偽りの白。
エルダントの灯籠より薄い。
けれど、ずっと根深い。
「ミラ、右側だ」
エリオットの声が飛ぶ。
ミラは反射的に意識を引いた。
直後、木箱の右下から黒い糸のようなものが伸び、白花の光があった場所をかすめる。
セリアが封印針を打ち込んだ。
「導管右下、反応あり。固定します」
封印布が黒い線の上に貼られ、淡く光る。
レオンは木箱の奥側へ視線を走らせた。
「左奥にも来るぞ」
エリオットの右腕がさらに熱を持つ。
「下だ。水路の中を通っている」
ミラは息を整えた。
全部を見ない。
黒い糸に引っ張られない。
正しい水の道だけを辿る。
ミラの白花が、水路の底を流れる本来の道へ届いた。
その瞬間、旧排水路の水音が変わった。
迷っていた音が、一拍だけ整う。
ちろちろと揺れていた音が、細い一本の流れになる。
「今です」
ミラが言うと、セリアが二枚目の封印布を導管の根元へ貼った。
白石針が灰色に沈みかけ、すぐに淡い白へ戻る。
「干渉、弱まりました」
ロベルトが水路図を見ながら叫ぶ。
「その導管が外れれば、水は本来の排水路へ戻ります。ですが、箱の下でまだ一度引き込まれている」
「分かっています」
ミラは白花をさらに細く絞った。
木箱の底へ意識を伸ばす。
そこに、核があった。
見えたわけではない。
けれど、感じた。
黒い芯。
古い瘴気のかたまり。
その周囲に、偽白の膜が幾重にも巻かれている。
まるで白い花を装った黒い種。
ミラは、それを壊そうとはしなかった。
壊せない。
壊す力ではない。
だから、囲う。
核がこれ以上、水に触れないように。
黒い芯が、患者の魔力路へ伸びないように。
偽白の膜が、坑道苔へ染みないように。
白花の光を、繭のように重ねる。
一枚。
もう一枚。
さらに細く、柔らかく、けれど逃がさないように。
黒い核が、内側で震えた。
瞬間、木箱全体が低く鳴った。
水音が乱れる。
壁の白い苔が、一斉に明滅した。
「ミラ!」
エリオットが叫ぶ。
黒い反応が、木箱の内側から弾けた。
ミラへ向かう。
その瞬間、エリオットの右腕が動こうとした。
断て。
白い剣性反応が、補助具の内側で弾けかける。
エリオットは踏みとどまった。
右腕を使わず、身体ごとミラの前へ出る。
黒い反応が彼の右腕の近くで弾かれた。完全に断ったのではない。けれど、近づくことを拒んだ。
補助具の内側で、熱が焼けるように走る。
「っ……!」
「エリオットさん!」
「大丈夫だ」
全然大丈夫ではない声だった。
それでも彼は退かなかった。
「続けろ、ミラ」




