宿場町の夜 3
部屋は二つ取った。
隣同士の小さな部屋だった。
ミラはまずエリオットを椅子に座らせ、右腕の状態を確認した。
馬車移動と坂道の歩行、宿場町の人の多さによる緊張。
それらが重なったせいか、右腕は少し熱を持っていた。
「痛みは?」
「三。時々四に近い」
「熱は手首から肘まで?」
「肘の手前まで」
「今日はもう歩行訓練はしません」
「分かった」
「本当に素直ですね」
「君が怖いからな」
「怖くありません」
「少し怖い」
「エリオットさんが無理をしなければ怖くありません」
「なら、怖いということだ」
ミラは反論しようとして、やめた。
たぶん、少しは怖いのだろう。
彼がまた無理をして、せっかく戻り始めたものを傷つけることが。
ミラは泉の水を使うか迷ったが、まだ通常の湿布で落ち着く範囲だと判断した。
冷やしすぎない布を当て、包帯を調整する。
「今夜はお風呂で温めすぎないでください」
「分かった」
「腕を下げたまま長く歩かないこと」
「ああ」
「宿の食堂へ行く時は、必要なら私が」
「それは大丈夫だ」
「判断は私が」
「食堂へ行く判断まで?」
「状況によります」
エリオットは少しだけ呆れた顔をした。
だが、目元には笑みがあった。
ミラは処置を終え、立ち上がった。
「では、私は女将さんのご主人を診てきます。エリオットさんは休んでいてください」
「俺も行く」
「だめです」
「宿の中だ」
「休んでください」
「部屋に一人でいるより、少し動いた方が落ち着く」
ミラは彼を見る。
エリオットの顔色は悪くない。
右腕の熱はあるが、強くはない。
立って短時間移動する程度なら問題ないだろう。
「では、食堂までです。治療中は椅子に座っていてください」
「分かった」
「患者さんを支えたり、荷物を持ったりしないこと」
「左手でも?」
「必要があれば私が頼みます。勝手にはしないでください」
「……分かった」
エリオットは渋々頷いた。
女将の夫は、厨房の奥で申し訳なさそうに座っていた。
右手首が赤く腫れている。
鍋を落としかけた時に捻ったらしい。
ミラが診たところ、骨に異常はなさそうだった。腱を痛めているが、数日固定すれば落ち着くだろう。
「しばらく重い鍋は持たないでください」
「そりゃ困ったな。夕飯の仕込みが」
「持たないでください」
ミラが真顔で言うと、厨房にいた女将が豪快に笑った。
「ほら、治療師さんもそう言ってるよ。今日はあたしがやるから、あんたは座ってな」
「だが」
「だがじゃない」
夫婦のやり取りを見て、エリオットはわずかに目を細めた。
ミラは手際よく湿布を作り、手首を固定する。
宿の夫は感心したように自分の手を見た。
「若いのに慣れてるねえ」
「旅をしていますので」
「どこから来たんだい?」
「少し北の村から」
「じゃあ、しばらくこの町に?」
「明日には次の村へ向かう予定です」
「そうかい。残念だねえ。うちには腰痛持ちも多いのに」
ミラは苦笑した。
「今日はこの方の手首だけでお願いします」
「はいはい。患者を増やすと、そちらの大きな人に睨まれそうだ」
女将がそう言ってエリオットを見た。
エリオットは表情を変えなかったが、少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「睨んでいない」
「そうかい? 治療師さんを休ませろって顔をしているよ」
ミラは思わずエリオットを見る。
彼はさらに目を逸らした。
「……移動で疲れているだろうと思っただけだ」
女将はにやにや笑った。
「優しいねえ」
「違う」
「違わないだろう」
「……」
エリオットは黙った。
ミラはなぜか自分まで恥ずかしくなり、慌てて道具を片づけた。
「処置は終わりました。今夜はできるだけ使わないでください。痛みが強くなったら呼んでください」
「ありがとう、治療師さん」
女将が礼を言い、夕食を少し多めに出すと約束してくれた。
ミラは遠慮しようとしたが、女将に押し切られた。
村を出ても、結局こうなるらしい。




