封鎖門の前で 1
リュナール宿場町を出てから三日目の昼過ぎ、道の先に低い山影が見え始めた。
南街道は、そこから少しずつ細くなる。左右には乾いた草地が広がり、ところどころに黒っぽい岩肌が覗いていた。荷馬車の轍はまだ続いているが、行き交う人の数は明らかに減っている。
カーヴェルは、山の麓にあった。
地図上では「カーヴェル坑下村」と書かれている。けれど、最初に見えるのは村ではない。木造の荷置き場と、簡素な宿場。古い鉱山商会の看板。そして、山肌へ口を開ける坑道門だった。
その奥に、本当の集落がある。
坑道を下った先に、村があるのだ。
「……右手は?」
ミラが小さく尋ねる。
エリオットは、補助具に収めた右腕を見下ろした。
「熱がある。リュナールで見た荷より強い」
「痛みは?」
「軽い。だが、奥へ引かれる感じがする」
その視線は、坑道門へ向いていた。
ミラも同じ方向を見る。
坑道の入口には、木の柵と鉄鎖が渡されていた。傍らには「落盤危険につき、商会許可なき立入禁止」と書かれた札がある。
セリアがその文字を記録する。
「立入制限。名目は落盤危険」
レオンは周囲を見回していた。
「見張りがいるな。商会の人間か」
荷置き場の前に、黒い外套の男が立っていた。
背は高くないが、姿勢は堅い。銀の留め具で外套を留め、手には帳簿を抱えている。こちらに気づくと、すぐに表情を引き締めた。
「旅の方ですか」
男は丁寧な声で言った。
「ここから先は鉱山商会の管理区域です。宿場を使うなら案内しますが、坑道下への立ち入りはご遠慮ください」
レオンが一歩前へ出る。
「ロベルト・ザイル氏か」
男の目がわずかに細くなった。
「……そうですが」
「リュナールで名を聞いた。鉱山商会の管理代理だと」
「ええ。カーヴェル鉱山と関連荷の管理を任されています」
ミラは鞄から書類を取り出した。
「私は旅治療師のミラ・コックスです。エルダント治療院から南方薬師組合への紹介状と、身元証明書を持っています。カーヴェル産の坑道苔や薬草に品質異常の疑いがあり、こちらの患者さんの症状も確認したいんです」
ロベルトは、書類へ目を落とした。
丁寧に確認する。けれど、その指先は硬かった。
「エルダント治療院……」
「リュナール宿場町では、カーヴェル産の荷を一時保留にしました。坑道苔、水瓶、薬草に、薬効低下や冷えを伴う反応が出ています」
セリアが補足する。
「簡易検査では偽白傾向。反応針が白から灰へ沈みました。薬材としての再流通は危険です」
ロベルトの顔色が変わった。
「偽白などと軽々しく言わないでいただきたい」
声は抑えているが、怒りが滲んでいる。
「カーヴェルの坑道苔は、長く薬師組合へ卸してきた品です。ここで“異常”などと断じられれば、商会の信用に傷がつく」
「断じているわけではありません。だから確認に来ました」
ミラは真っ直ぐ言った。
「患者さんを診せてください。水と薬草も確認したいです」
「患者なら、地上の休憩所にいる者だけで十分でしょう。坑道下へは入れません」
「なぜですか」
「落盤の危険があります」
「本当に落盤だけですか」
ミラの声は静かだった。
ロベルトは一瞬、答えなかった。
その沈黙を、レオンは見逃さなかった。
「坑道下の村で咳熱が増えていると聞いた。薬が効きにくいとも」
「季節の変わり目です。鉱山地帯では珍しいことではありません」
「白い坑道苔が増えていることも?」
「坑道苔の繁殖期です」
セリアが淡々と記録する。
「井戸水が日によって鉄臭くなることは?」
ロベルトの目が、セリアへ向いた。
「……それも聞いて回ったのですか」
「必要なので」
ロベルトは唇を引き結んだ。
その顔には、苛立ちだけではないものがあった。
恐れ。
焦り。
そして、どこかで助けを求めているような苦さ。
「あなた方は正しいことを言う」
ロベルトは低く言った。
「だが、その正しさで商会も村も潰れたら、誰が責任を取るのです。坑道が瘴気汚染地だと認定されれば、採取権も出荷も止まる。村人の仕事もなくなる。商会は責任を問われ、私は管理不備で切られる」
「だから隠すんですか」
ミラの問いに、ロベルトは目を逸らした。
「隠しているのではありません。大事にしないようにしているだけです」
その言葉は、言い訳だった。
けれど、完全な嘘ではなかった。
ミラはそう感じた。




