帰る者の役目 2
夕方近く、先触れの書状は早馬便に預けられた。
この辺りからリンドルへ向かう商用便は少ないが、魔道具師組合宛ての封緘を見せると、便の男は真顔になった。
「急ぎですか」
「できるだけ早く。だが、無理はしなくていい。途中で誰かに中を見せるな」
「承知しました」
男は封筒を懐に入れ、馬に乗った。
その背中が街道の先へ消えていくのを、オリヴァーはしばらく見送った。
リンドルまで、まだ数日ある。
自分が着くより先に、組合へ知らせが届く。
それだけで少し違う。
突然動けば混乱する。
だが準備があれば、人は守れる。
それは治療も、封印も、同じだった。
その夜、オリヴァーたちは街道沿いの小さな宿に泊まった。
部屋は狭く、壁は薄い。窓の外では虫が鳴いている。ロアンとダリオは交代で見張ると言い張り、結局オリヴァーも寝台に腰かけたまま、記録帳を開いていた。
ミラへ宛てるつもりはなかった。
けれど、書き始めた文章は、どこか娘への手紙のようになった。
――リンドルへ戻り次第、地下核の封印確認。
――グレイル村旧坑道の正式調査準備。
――三者組合へ先触れ済み。
――核本体は動かさない。王都へは反応写しのみ。
そこまで書いて、筆が止まる。
続けて、少しだけ私的な言葉を書きそうになった。
無理をするな。
ちゃんと休みなさい。
エリオット君の言うことを聞きなさい。
オリヴァーは苦笑し、筆先を宙で止めた。
「父親の手紙になるところだった」
「なってもいいんじゃないですか」
入口近くで見張っていたロアンが言った。
「ミラさん、喜びますよ」
「今送るには遅い。あの子たちはもうカーヴェルへ向かっている」
「じゃあ、フェルゼ宛てに先回りですかね」
「それも悪くない」
オリヴァーは記録帳を閉じた。
フェルゼ。
リヴィア・カシュ。
港の封印箱。
水路と陸路。
ミラたちがそこへ辿り着く頃には、カーヴェルの件も大きく動いているだろう。
そして、もしカーヴェルで新しい何かが見つかれば。
相手は必ず動く。
深夜、封印箱が一度だけ微かに鳴った。
金属が冷えて縮むような、細い音だった。
オリヴァーは即座に目を開けた。
ロアンも振り向く。
「今の」
「聞こえた」
オリヴァーは灯りを絞り、封印箱の上へ手をかざした。
反応写しを入れた小箱ではない。
エルダントで封じた偽白灯籠の外枠片を収めた箱だ。
蓋の表面に、ごく薄い灰色の筋が浮いていた。
外からの干渉ではない。
内側に残った反応が、どこか遠くの同系統のものに引かれて震えたのだ。
「……南か」
ロアンが低く言った。
オリヴァーは目を細める。
「おそらく」
ミラたちが向かう先。
カーヴェル。
そこに、同じ系統のものがある。
オリヴァーは封印布を一枚重ね、箱の留め具を締め直した。
「記録しておく。時刻、深夜。偽白外枠片、南方向と思われる反応に共鳴」
「ミラさんたち、大丈夫でしょうか」
ロアンの声には、不安がにじんでいた。
オリヴァーはすぐには答えなかった。
心配はしている。
当然だ。
父親なのだから。
けれど、心配して足を止めれば、今度は後ろが崩れる。
オリヴァーは静かに息を吐いた。
「私たちは、私たちの役目を果たす」
それから、箱の上に手を置いた。
「ミラは前で道を戻す。エリオット君はその道を守る。なら、私は後ろの道を塞がれないようにする」
ロアンは黙って頷いた。
夜明け前、雨が降り出した。
細い雨だった。
土埃を静かに落とし、街道の匂いを変えていく雨。
オリヴァーは宿の軒先に立ち、北西の空を見た。
あちらにリンドルがある。
地下には、グレイル村の核がある。
届いた先触れを読めば、組合の者たちは動き始めるだろう。
グレイル村も、ようやく正式な調査と管理の道に乗る。
南では、ミラたちがカーヴェルへ進んでいる。
王都では、ライヘルが記録の奥を掘っている。
すべてが、少しずつ動き出していた。
オリヴァーは外套を羽織り直す。
「行こう」
ロアンとダリオが荷をまとめる。
馬車は再び、雨に濡れた街道へ出た。
帰るための道だった。
けれど、それは逃げる道ではない。
ミラたちが前へ進むために、後ろを守る道だった。




