第六特務小隊 2
ガレスの脳裏に、第六特務小隊の姿が浮かぶ。
感情の薄い顔。
命令に対する異様な反応速度。
痛みに鈍い身体。
治療院の薬香。
黒系媒介への適応処置。
あれは騎士ではない。
騎士の形に整えられた、別の何かだ。
政治屋と研究者どもが、都合よく使うために削って、染めて、調整した人間たち。
ガレスは自分がその部隊を握っていることを、誇りに思ったことは一度もなかった。
ただ、必要だった。
出世のために。
侯爵に認められるために。
邪魔なものを、表の記録に残さず処理するために。
「第六を出せば、痕跡が残る」
「出し方次第です」
「レーヴェン団長側に嗅ぎつけられれば終わりだ」
「だから、王都ではなくカーヴェルです」
セヴランの声は静かだった。
「地方の坑道下。瘴気性危険物の封鎖区域。騎士団が危険物回収に動いたとしても、表向きは不自然ではありません」
「第六の名は出せない」
「出す必要はありません。封鎖任務用の古い符号を使えばよい。現地の騎士団詰所には、危険物回収の臨時命令として通す」
「誰が責任を持つ」
「あなたが」
ガレスはセヴランを睨んだ。
セヴランは微笑まない。
「あなたは騎士団副団長です。危険物が確認されたなら、回収命令を出せる立場にある」
「正式記録に残せと?」
「残すのは表の命令だけです。中身は別」
「相変わらず、綺麗に汚すのが上手いな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めていない」
ガレスは机に置かれた報告書をもう一度見た。
エリオット・バーンスタン。
あの男の右腕が戻り始めている。
その事実だけで、胸の奥に古い苛立ちが蘇る。
二年前、すべては終わったはずだった。
将来有望な騎士は、事故によって剣を失った。
治療不能と記録された。
王都から遠ざかった。
それでよかった。
そうでなければならなかった。
それなのに。
「遠目の監視では分からない、と言ったな」
「ええ。彼は非常に慎重です。右腕の変化を隠しています。ですが、核に近づけば反応は出る」
「第六を当てれば?」
「剣性反応がどこまで出るか、見られる可能性があります」
「……本当に、悪趣味だな」
「必要な観測です」
「貴様にとってはな」
ガレスはしばらく黙っていた。
動かしたくない。
第六特務小隊は、便利な駒であると同時に、最も表に出してはいけない証拠だ。あの部隊の存在そのものが、騎士団と治療院と禁術派の癒着を示している。
だが、動かさなければ、エリオットの右腕の回復具合は分からない。
ミラたちが核を封印し、王都側へ証拠を持ち帰るかもしれない。
そうなれば、二年前の事故に繋がる糸がまた増える。
ガレスは、ゆっくり息を吐いた。
「……第六全員は出さない」
「賢明です」
「小隊から三名。封鎖任務経験者。記録には残さない。表向きは南方騎士団詰所からの危険物回収補助とする」
「十分でしょう」
「核とやらは、どう扱えばいい」
その問いに、セヴランの目がわずかに動いた。
研究者の目だった。
ガレスはその変化を見逃さず、嫌悪を深める。
「封印されたまま回収してください。開ける必要はありません。むしろ開けてはいけない」
「扱えないものを寄越すな」
「扱う必要はありません。運べばいい」
「どこへ」
「指定の保管場所へ」
「侯爵家の倉庫か」
セヴランは答えなかった。
沈黙が答えだった。
ガレスは舌打ちした。
「貴様らはいつもそうだ。私に手を汚させ、都合の悪いものは倉庫に押し込み、研究に必要になれば引き出す」
「あなたも恩恵を受けてきたでしょう」
セヴランの声は冷たい。
「二年前も」
ガレスの目が鋭くなる。
「脅す気か」
「確認です」
セヴランは穏やかに言った。
「我々は、互いに必要なものを提供してきました。あなたは現場と実働。侯爵は庇護と倉庫。治療院は症例と処置。私は術式」
「それで今度は第六を出せと」
「はい」
「失敗したら?」
「エルネストが反応片を持ち帰るでしょう」
「核は?」
「失えば困ります」
「他人事のように言うな」
「困るからこそ、あなたを呼んだのです」
ガレスは、セヴランの顔をしばらく見ていた。
腹立たしいほど静かな顔だった。
この男は、他人の焦りをよく知っている。どこを突けば動くか、どの恐怖を見せれば選択肢が消えるか、よく分かっている。
今もそうだ。
核では、ガレスは動かない。
研究では、ガレスは動かない。
だがエリオットの右腕なら、動くしかない。
「……第六には、エリオット・バーンスタンの右腕を直接狙わせない」
「必要ありません。反応を引き出せればよい」
「治療師は?」
「可能なら接触は避ける。白花を過度に刺激すると、観測条件が崩れます」
「本音は?」
「回収できるなら、白花も欲しいですね」
ガレスは露骨に顔を歪めた。
「やはり研究狂いだ」
「否定はしません」
「今はやめろ。コックスまで奪えば、魔術院と治療院と騎士団が同時に騒ぐ」
「では、今回は核だけで」
あっさり言うセヴランに、ガレスはますます不快そうにした。
ガレスが研究室を出ると、廊下には雨音だけがあった。
彼はしばらく扉の前に立ち尽くした。
第六特務小隊。
その名を思うだけで、胃の奥が重くなる。
彼らは普通の人間の集まりによってできた部隊ではない。
特殊任務で負傷した一部の者へ治療院の研究者が薬を入れ、セヴランが媒介を調整し、政治癒着派が費用を流してできた“何か”。
ガレスは彼らを哀れんでいるわけではない。
ただ、不気味だった。
騎士ならば、恐怖も痛みもある。
命令に迷う瞬間もある。
だが第六の者たちは、そこが鈍い。
だから使える。
だから怖い。
「……三名だ」
ガレスは低く呟いた。
「それ以上は出さない」
自分に言い聞かせるように。
だが、その声は雨に消えた。
研究室に残ったセヴランは、ガレスが去った扉を見ていた。
やがて、机の上の報告書へ視線を戻す。
エルネストは観測する。
ガレスは回収する。
第六特務小隊は、騎士の反応を引き出す。
白花は戻す。
剣は目覚めかけている。
核は、その二つに触れて変わる。
カーヴェルは良い場になる。
ただし、誤算は増えている。
ミラ・コックスは偽白を取らなかった。
エリオット・バーンスタンは右腕を出さなかった。
リンドルでは核が封じられたまま残っている。
グレイル村では、三者組合が動き始める気配がある。
セヴランは、報告書の端に細い文字を書きつけた。
――白花。
――剣。
――核。
――第六投入。
しばらくその四語を眺め、最後にもう一つ加える。
――回収優先。
「観測だけでは済まなくなりましたね」
独り言のように呟く。
声には、わずかな興味と、それ以上の警戒が混じっていた。
窓の外では、王都の雨が石畳を濡らしている。
遠く南の街道では、ミラたちがカーヴェルへ向かっている頃だった。
彼女たちはまだ知らない。
自分たちがこれから救おうとしている村に、観測者だけでなく、回収者までも差し向けられたことを。




