第六特務小隊 1
王都の夜は、雨を含んだ風に沈んでいた。
貴族街から少し外れた石造りの研究棟は、灯りが少ない。窓の奥にぼんやりと浮かぶ淡い光だけが、そこに人の気配があることを示している。
ガレス・オルブライトは、その建物の前で一度足を止めた。
ここへ来るたび、胸の奥に嫌な重さが沈む。
騎士団副団長という肩書きも、侯爵家との繋がりも、この場所ではあまり意味を持たない。ここにいる男は、爵位や役職よりも、もっと質の悪いものを握っている。
知識。
術式。
そして、人間を人間の形のまま別のものへ作り替える手段。
「……研究狂いめ」
誰にも聞こえない声で吐き捨て、ガレスは扉を叩いた。
セヴラン・ノックスの研究室には、相変わらず薬草でも血でもない、乾いた紙と冷たい金属の匂いが漂っていた。
机の上には数枚の報告書が並んでいる。
エルダント夏灯祭での観測記録。
偽白灯籠の反応図。
白花反応の推移。
そして、白花以外の介入反応。
ガレスは、その記録を一瞥して眉を寄せた。
「呼び出すほどの用件か」
「呼び出した覚えはありません。情報を共有したいと申し上げただけです」
セヴランは穏やかに答えた。
その言い方が、ガレスの神経に触る。
「同じことだ」
「では、手短に」
セヴランは報告書の一枚を指で押さえた。
「エルダントで、白花以外の反応が観測されました」
「白花以外?」
「ええ。退役騎士エリオット・バーンスタンの右腕由来と思われる反応です」
その名が出た瞬間、ガレスの顔から苛立ちが消えた。
代わりに、冷たい警戒が浮かぶ。
「……確かなのか」
「断定には至りません。ですが、偽白がミラ・コックスへ近づいた際、黒系誘導波を拒む硬質な反応が割り込みました。白花ではありません。治療師の魔力路でもない」
セヴランは少しだけ目を細める。
「剣性反応、と呼ぶのが近いでしょう」
ガレスは無言で報告書を奪うように取った。
文字を追う目が険しくなる。
「馬鹿な。あの腕は……」
「二年前に封じたはず、ですか」
セヴランの声は静かだった。
ガレスは報告書から顔を上げた。
「貴様がそう言ったのだろう。あの封鎖は戻らないと」
「通常条件下では、戻りません」
「ではなぜ反応している」
「白花のそばにいるからです」
セヴランは淡々と答えた。
「あなた方が潰したかった騎士は、治癒の娘に拾われた。皮肉なことです」
ガレスのこめかみが動いた。
「言葉を選べ、ノックス」
「事実です」
セヴランはまったく怯まない。
「エリオット・バーンスタンは慎重です。右手を人前で出さない。単独行動もしない。遠目の監視では回復具合は掴めないでしょう」
ガレスは報告書を机に戻した。
指先に力がこもっている。
「だから何だ」
「カーヴェルなら、反応を引き出せます」
その言葉に、ガレスは目を細めた。
「……また核か」
声には露骨な嫌悪が混じっていた。
「二年前の厄介物を、今さら地方の村で弄んでいるのか。悪趣味にもほどがある」
「観測です」
「村を使って?」
「条件が整っています」
「研究狂いめ」
今度は、隠さなかった。
セヴランは薄く笑った。
「否定はしません。ですが、あなたにとっても有用な場です」
「瘴気核だの触媒だの、私にはどうでもいい」
「でしょうね」
セヴランは、まるで最初からその答えを知っていたように頷いた。
「ですが、エリオット・バーンスタンの右腕がどこまで戻っているかは、どうでもよくないはずです」
ガレスは黙った。
研究室の灯りが、冷たく揺れる。
「カーヴェルには、二年前の触媒由来の核が置かれています。白花はそこに触れる。騎士の右腕も反応するでしょう。エルネストには観測を命じました」
「ヴィダルか」
「はい」
「あの若造に任せるのか」
「任せてはいません。観測させるだけです」
セヴランの指が、報告書の上を軽く叩いた。
「回収できればよい。ですが、彼だけで核本体を確保できるとは思っていません」
「ならば何が言いたい」
「保険が必要です」
ガレスは、セヴランの顔を見た。
その瞬間、何を言われるか悟った。
「……あれを出せと言うのか」
「あなたの部隊なら、封鎖区域でも動ける。瘴気にも耐性がある。通常騎士より反応も速い」
「組織図にない部隊だ」
「だから使える」
「簡単に言うな」
ガレスの声が低くなる。
「特務小隊は第五までしか存在しない。第六など、騎士団のどこにも記録はない」
「記録にないものは、都合がよいでしょう」
「貴様にとってはな」
ガレスは吐き捨てるように言った。
第六特務小隊。
騎士団の組織図にはない部隊。
正式な出動記録もない。
だが、ガレスは知っている。
その部隊が存在していることを。
瘴気汚染地で生き残るため。
危険物を回収するため。
封鎖区域で通常騎士ができない仕事をするため。
そういう名目で集められた者たちの集まりだ。




