白い苔の荷 2
午後は、聞き込みと書状の準備に費やされた。
レオンは荷運び人たちから、カーヴェル便の経路と鉱山商会の代理人の特徴を聞き出した。
「黒い外套の男だ。いつも銀の留め具をつけている」
「最近、坑道下へ入るには商会の許可がいると言い出した」
「病人がいるって話をすると、地上の薬師に見せれば十分だと追い返される」
セリアはその証言を時系列に並べる。
ミラは宿の女将や旅薬師から、症状を聞いた。
「咳が長い」
「熱は高くないのに、手足が冷たい」
「薬草茶を飲んでも、喉の奥で止まる感じがすると言っていた」
「夜に水の音を聞く夢を見る」
それらは、単独ならただの体調不良にも見える。
けれど、並べると違う。
何かが流れを止めている。
薬が入っていかない。
熱が正しく上がらない。
水の記憶が、夢に滲んでいる。
ミラは帳面に書き込みながら、指先を強く握った。
「カーヴェルは、もう村の中だけの問題ではないんですね」
セリアが顔を上げる。
「はい。荷として外へ出ています。意図的か、管理が杜撰なのかはまだ不明ですが」
「意図的だったら?」
「被害を広げる目的か、観測範囲を広げる目的。あるいは、異常を薄めて原因を分かりにくくする目的です」
どれも嫌な答えだった。
夕方、宿の一室で対策会議が開かれた。
机の上には地図、紹介状、保留札の控え、坑道苔の反応写しが並んでいる。
セリアが手順を読み上げた。
「第一。宿場町リュナールに入ったカーヴェル産薬材は一時保留。薬草商の石箱で隔離保管」
レオンが頷く。
「第二。すでに流れた荷の行き先へ警告。エルダント、フェルゼ、南街道沿いの小村」
「第三。南方薬師組合宛てに緊急の添え状を作成。カーヴェル産薬材の品質異常、偽白傾向、薬効低下の疑いを記載します」
ミラは自分の役目を確認する。
「第四。カーヴェルへ到着後、まず地上の宿場で正規に入ります。南方薬師組合への紹介状と、エルダント治療院の身元証明書を出す。患者を診る名目を取る」
「第五」
エリオットが言った。
「坑道下へすぐ入らない。右手の反応は感知に使うだけ。触らない。動かさない」
セリアが満足そうに頷いた。
「第六。ミラさんは白花を広げすぎない。患者、水、薬草、土を個別に確認。村全体へ触れようとしない」
「はい」
「第七。レオンさんは鉱山商会の代理人、見張り、荷運び経路を確認。単独行動は避ける」
「了解した」
レオンは短く答えた。
計画ができていく。
怖さは消えない。
でも、足元に道が引かれる。
ミラはそれを感じていた。
会議の後、ミラは南方薬師組合宛ての添え状を書いた。
言葉を選びながら、事実だけを書く。
カーヴェル産坑道苔に品質異常。
反応針が白から灰へ沈む。
使用者に冷え、悪夢、薬効低下の報告。
薬材としての使用を一時停止願う。
現地調査が必要。
最後に、自分の名を書く手が少し止まった。
旅治療師、ミラ・コックス。
エルダントでは、その名を少し認めてもらえた。
この先でも、通じるだろうか。
不安がよぎった時、背後からエリオットの声がした。
「十分だ」
ミラは振り返る。
「読んでいたんですか?」
「途中から」
「変なところはありませんか?」
「ない。落ち着いている」
ミラは小さく息を吐いた。
「落ち着いて見えますか?」
「見える」
「本当は、少し焦っています」
「分かっている」
エリオットは静かに言った。
「でも、焦っても手順を飛ばしていない」
その言葉が、思ったより胸に沁みた。
「……ありがとうございます」
「礼を言われることはしていない」
「してます」
ミラは少し笑った。
「エリオットさんがそう言ってくれると、少し落ち着きます」
エリオットは言葉を返さなかった。
ただ、視線を少しだけ伏せる。
右手の補助具の中で、まだ微かな熱が残っている。
守れ、と腕が告げる。
だが、それだけではない。
彼女が少し安心した顔をしただけで、自分まで息がしやすくなる。
それが何なのか、エリオットはまだ名をつけきれなかった。
翌朝、リュナール宿場町の荷置き場には、一時保留札の貼られた木箱が並んでいた。
薬草商の店主は、石箱の蓋を閉めながら言った。
「ここで止める分は止める。エルダント行きとフェルゼ行きの便には、急ぎの伝言を乗せた。南街道沿いの小村にも、荷運び人を走らせる」
「助かります」
ミラが頭を下げると、店主は首を横に振った。
「カーヴェルへ行くなら気をつけな。あそこは最近、商会の者が妙に強く出る」
レオンが低く尋ねた。
「代理人の名は?」
「確か、ロベルト・ザイル。鉱山商会の管理代理だと名乗っていた」
セリアが記録する。
「ロベルト・ザイル。鉱山商会管理代理」
その名が、紙の上に残った。
ミラたちは荷をまとめ、南へ向かう準備を整えた。
宿場町の南門からは、低い山影が見えている。あの麓に、カーヴェルの坑道がある。
エリオットの右手は、補助具の中で静かに熱を持っていた。
ミラは南の道を見つめる。
カーヴェル産の荷は、すでに外へ流れている。
村の異常は、村の中だけでは終わらない。
だから、行かなければならない。
けれど今度は、ただ飛び込むのではない。
記録を持って。
紹介状を持って。
仲間と手順を持って。
「行きましょう」
ミラが言うと、エリオットが頷いた。
「ああ」
南街道の先で、冷たい白が待っている。
それでも四人は、足を止めなかった。




