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祭りのあとに残るもの 1

 夏灯祭の翌朝、エルダントの運河沿いには、まだ祭りの名残が残っていた。

 橋の欄干には青と白の飾り布が揺れ、屋台の骨組みには朝露が光っている。夜の間に流された灯籠のうち、岸に寄ったものは職人たちが網で回収していた。

 表向きには、昨夜の騒ぎは「模造灯籠の不具合」として処理された。

 銀環堂が管理していない灯籠の一部に、危険な反応を起こす粗悪品が混じっていた。

 それを確認したため、流し場を一時止めた。

 街の人々に伝えられた説明は、それで十分だった。

 けれど、ミラたちは知っている。

 あれはただの粗悪品ではない。

 冷たく乾いた白。

 偽白反応。

 ミラの白花を誘い、エリオットの右腕を揺さぶるための罠。

 ミラは運河沿いで、昨日使った涼み処の布を畳んでいた。

「ミラさん、こっちは私たちがやるから、少し休んでいいんだよ」

 宿の女主人が声をかけてくれる。

「大丈夫です。昨日は皆さんにも手伝ってもらいましたから」

「いやいや、昨日うちの客を診てもらったしねえ。あの子、今朝にはもう普通に粥を食べてたよ」

「よかった……」

 ミラはほっと息を吐いた。

 その様子を見て、女主人は少し笑った。

「ほんと、噂で聞いてた危ない治療師とは大違いだね」

 あっさり言われて、ミラは一瞬固まった。

 それから、困ったように笑う。

「そう思ってもらえるように、頑張ります」

「もう思ってるよ」

 その言葉は、昨日の灯籠よりずっと温かかった。

     

 銀環堂では、偽白灯籠の封印箱が作業台の中央に置かれていた。

 セリアは手袋をはめ、灯籠の外枠と樹脂片の反応写しを分けている。イザークは職人たちへ、祭り後の灯籠回収品を銀環堂製、個人製、不明品に分類するよう指示していた。

 オリヴァーは偽白灯籠を見下ろし、深く眉を寄せる。

「水に浮かべることを前提に作ってある。外側は雑だが、中の反応器は妙に整っている」

「観測用ですね」

 セリアが言った。

「灯りに見せかけていますが、実際には白花反応と周囲の魔力路の変化を拾う器です」

「昨日、完全には拾わせずに済んだのが救いだね」

「はい。ただし、何も渡さなかったわけではありません」

 セリアの言葉に、部屋の空気がわずかに沈んだ。

 ミラは作業台のそばで手を握る。

 エリオットは静かに立っていた。右腕は補助具の中にある。外見上は、昨日までと変わらない。

 けれど、ミラには分かっていた。

 変わっている。

 右手の奥に、昨日までとは違う熱が残っている。

「先に、エリオット君の右腕を診よう」

 オリヴァーが言った。

 エリオットは頷いた。

「お願いします」

     

 診察は、銀環堂の奥の封印室で行われた。

 扉の外にはレオンが立ち、ダリオが通路の角を見ている。室内にはミラ、エリオット、オリヴァー、セリアがいた。

 机の上には白石布と普通の布、水を入れた小鉢、そして昨日の偽白灯籠から採った反応写しが置かれている。

「動作確認はしません」

 ミラが最初に言った。

 エリオットはすぐに頷く。

「分かっている」

「熱や痛みが強くなったら止めます」

「分かった」

 セリアが記録板を構える。

「封箱確認、夏灯祭翌朝。開閉試験なし」

 ミラは白花の光を細く灯した。

 エリオットの右腕の中には、まだ黒い封じがある。

 けれど、その奥に、昨日まではなかった白銀の細い線が見えた。

 手首から手のひらへ。

 手のひらから薬指と小指へ。

 そして、それだけではない。

 白銀の線は、黒い封じに触れた場所で、ただ通り抜けようとしているのではなく、わずかに押し返していた。

「……昨日の反応が残っています」

 ミラは慎重に言った。

「手のひらに白銀の流れがあります。今までの“感覚が戻る”流れとは少し違います。黒いものに触れた時に、押し返そうとする感じです」

 エリオットは目を伏せた。

「昨日、偽白が君に近づいた時と同じだ」

「はい」

 セリアが記録する。

「封箱、底板中心に白銀反応。黒鉄への押し返し傾向。危険時反応の残留」

 オリヴァーは腕を組んだ。

「これは回復というより、対抗反応だね」

「対抗……」

 ミラが呟く。

 エリオットは右手を見た。

 動かせない。

 握れない。

 人前で使えない。

 けれど、確かに何かが戻り始めている。

 守ろうとした時に。

 偽りの白がミラへ近づいた時に。

「動かしていないのに、進んだんですね」

 ミラの声は、驚きと不安の両方を含んでいた。

 オリヴァーが静かに答える。

「相手の罠が刺激になったのかもしれない。幸か不幸か、だ」

「では、昨日の罠は失敗だけではなかったということですか」

 セリアが言う。

「相手にとっても、こちらにとってもね」

 オリヴァーは重く頷いた。

「敵は何かを見た。だが、こちらもエリオット君の右腕が黒や偽白に反応することを確認した」

 エリオットは小さく息を吐いた。

「使える力だとしても、今は使わない」

「はい」

 ミラは即答した。

「今は、守るために使わないことが大事です」

 エリオットは彼女を見た。

「君も、止まること」

「……はい」

 セリアが筆を止めた。

「今の相互確認は記録します」

「今回はしていいです」

 ミラが小さく言うと、セリアは真面目に頷いた。

「重要です」

     


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