白布への警告 1
銀環堂の作業室に、夏祭りの明るさはまだ残っていた。
作業台には水灯籠用の魔道具が並び、窓の外では職人たちが橋に吊るす飾り紐を運んでいる。遠くからは、祭りの屋台を組む木槌の音も聞こえていた。
けれど、ライヘルから届いた手紙を前にした瞬間、部屋の空気は静かに変わった。
オリヴァーは自分宛ての手紙を読み終えたまま、しばらく何も言わなかった。
父の顔ではない。
職人の顔でもない。
その両方を無理やり重ねたような、硬い表情だった。
「父さん……?」
ミラが呼ぶと、オリヴァーはようやく顔を上げた。
「まず、落ち着いて聞いてほしい」
その一言だけで、ミラの背筋が伸びた。
エリオットは彼女の隣に立ち、セリアは記録板を用意する。レオンは扉の近くで、自然に外の気配を確認した。
オリヴァーは手紙を机に置き、指先で押さえた。
「ライヘルの解析では、サリアの白花反応と水場の反応は、古い伝承記録とかなり強く一致している」
ミラは息を呑んだ。
「伝承……」
「治癒の女神に関わる古い記録だ。ただし、これは“物語の通りだ”という意味じゃない。ライヘルは研究者として、反応の性質を見ている」
オリヴァーは、あえて慎重に言葉を選んでいた。
「ミラの力は、普通の治癒魔法とは違う。黒い媒介を壊すのではなく、対象が本来持っていた流れへ戻す。水、薬草、人の魔力路……それぞれの“戻る道”に反応している可能性が高い」
ミラは自分の手を見下ろした。
これまで、感覚でやってきたこと。
黒を掴まない。
壊そうとしない。
戻る道を探す。
それが、王都の解析でも同じように見えている。
その事実は心強くもあり、怖くもあった。
「そして、もう一つ」
オリヴァーの視線が、エリオットへ向いた。
「エリオット君の右腕の反応も、ライヘルは無視できないと言っている」
エリオットは表情を変えなかった。
けれど、左手がわずかに握られる。
「白花反応と同時に右腕が進む。特に手のひら、薬指、小指の感覚。それに、ミラが危険に近づいた時の外向き反応」
セリアが筆を止めた。
「守護騎士伝承との照合ですね」
その言葉に、ミラの胸が小さく跳ねた。
オリヴァーは頷く。
「まだ断定はしない。ライヘルも、本人たちに断定的に伝えるべきではないと書いている。ただ……」
父は、そこで一度声を落とした。
「否定できる段階では、もうないらしい」
沈黙が落ちた。
夏祭りの準備の音が、ひどく遠く聞こえた。
次に開かれたのは、ミラたち宛ての手紙だった。
封の表には、普通の検査報告のような文言が書かれている。けれど中身は、完全に符丁だった。
オリヴァーが読み上げる。
「白布の織り手へ」
ミラは一瞬だけ、胸元の白花に触れた。
白布の織り手。
それが自分を指すのだと、もう分かっていた。
「届いた白布と水場の記録を確認しました。実物の反応は、旧歌の記述と重なる部分が多くあります。ただし、白布は万能ではありません」
セリアがすぐに別紙へ書き換える。
「白布=ミラさんの白花反応。旧歌=治癒の女神系の古記録。万能ではない、過信禁止」
ミラは小さく頷いた。
オリヴァーは続きを読む。
「黒鉄に触れる際は、破砕を避けること。織り目を戻すことを優先してください。黒を引き抜こうとせず、対象が本来どこへ流れるべきかを見ること」
「黒鉄は黒い媒介ですね」
ミラが言う。
「はい」
セリアは記録しながら答えた。
「破砕禁止。引き抜き禁止。復帰優先。これは、私たちが薬袋事件で取った手順と一致します」
エリオットが低く言った。
「ライヘルさんの解析でも、同じ結論になったわけか」
「そういうことです」
オリヴァーは次の行へ目を落とした。
その表情が、さらに険しくなる。
「白く見える糸が、すべて正しいとは限りません。温かさ、流れ、乾きの有無を必ず記録してください。冷たく乾いた白は取らないこと」
ミラの指先が冷えた。
「冷たく乾いた白……」
「偽白反応ですね」
セリアの声も硬い。
「エルダント治療院の偽白樹脂片。薬袋の黒紙にも、似た誘導反応がありました。白く見えても、流れがない。温度がない。乾いている」
ミラは、あの時の灰色に沈む反応針を思い出した。
白く見えたのに、白ではなかったもの。
「兄さんは、それを警告してくれているんですね」
「そうだ」
オリヴァーは頷いた。
「敵は、ミラの白花反応を測ろうとしている。ライヘルはそう見ている」
部屋の空気がまた重くなる。
レオンが口を開いた。
「夏灯祭では、白い灯りが多いんだな」
イザークが作業台の向こうで、ゆっくり顔を上げた。
「ああ。水灯籠も、橋の灯りも、涼しげに見えるよう白や青が多い」
セリアの筆が止まる。
「つまり、偽白を紛れ込ませやすい」
誰もすぐには否定できなかった。




