↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
282/354

レイドの手帳 2

 廊下を曲がったところで、マティアスは足を止めた。

 自分の手が汗ばんでいる。

 ノルベルトは覚えていた。

 中央白石板。

 最初の記録紙。

 自分が持ち去ったこと。

 まずい。

 だが、同時に使える。

 ノルベルトはまだ誰にも話していない。少なくとも、そう言った。

 本当かどうかは分からない。

 だが、彼が持っている情報は、ガレスにも黙っておくべきだとマティアスは判断した。

 オルブライト副団長にそのまま報告すれば、ノルベルトは消されるかもしれない。あるいは、証言できない状態にされるかもしれない。

 そうなれば、自分につながる線も消える。

 だが同時に、自分がガレスに切り捨てられた時の保険も消える。

 マティアスは小さく息を吐いた。

「……まだ渡せない」

 彼は自室へ戻ると、引き出しの奥から古い手帳を取り出した。

 二年前の日付。

 そこには、走り書きが残っている。

 ――中央白石板、黒沈み。

 ――初記録紙、ノルベルト。

 ――回収。

 ――G指示、記述削除。

 ――記録係交代。

 G。

 ガレスの名を書かなかったのは、当時の自分の慎重さだった。

 今となっては、それが保険にも、弱さにも見える。

 マティアスは新しい紙を一枚取り、短く書いた。

 ――ノルベルト、初記録を記憶。

 ――未聴取の可能性あり。

 ――副団長には伏せる。

 書いてから、彼はそれを手帳へ挟んだ。

 この手帳は、命綱だ。

 だが、持っているだけで首を絞める縄にもなる。

     

 その日の午後、マティアスはオルブライト副団長の執務室を訪ねた。

 ガレスは机の向こうで書類を読んでいた。

「どうだった」

 顔を上げずに問う。

 マティアスは一礼する。

「当時の下級記録係にそれとなく確認しました。記憶は曖昧です。二年前の混乱もあり、明確な証言にはならないかと」

 嘘ではない。

 ノルベルトは怯えていた。

 混乱していた。

 明確な証言になるかは分からない。

 だが、核心は隠した。

 ガレスは顔を上げる。

「本当に曖昧なのか」

「少なくとも、団長側がすぐ使えるほどではありません」

 マティアスは落ち着いた声で答えた。

 ガレスの目が、彼を探るように細くなる。

「ヴィクトルは?」

「所在は掴めません。体調不良として待機扱いだそうですが、実際には団長室預かりかと」

「やはりな」

 ガレスは書類を置いた。

「旧結界具は?」

「団長直轄の保管に移されたようです。ヘルムート副官の許可なしでは見られません」

「……ヘルムートか」

 ガレスの声に、わずかな苛立ちが滲んだ。

 オスカー・ヘルムート。

 あの副官は厄介だった。

 感情で動かない。命令系統を守る。記録を残す。派手な手柄を求めない代わりに、足元を絶対に見逃さない。

 ガレスはマティアスを見た。

「当時の関係者には、お前から釘を刺しておけ」

「承知しました」

「ただし、露骨に動くな。レーヴェン団長は今、こちらの動きを見ている」

「分かっています」

 マティアスは頭を下げた。

「必要であれば、遠征記録の整理を理由に、当時の人員と接触します」

「そうしろ」

 その返答を聞き、マティアスは部屋を出た。

 背中にガレスの視線を感じる。

 信用されていない。

 当然だ。

 自分もまた、彼を信用していないのだから。

     

 その頃、団長室では、ヘルムート副官が一枚の報告書をレーヴェン団長へ差し出していた。

「マティアス・レイドが第二記録室へ入りました。相手はノルベルト。事故当日の下級記録係です」

 アルベルト・レーヴェンは報告書を受け取った。

「接触したか」

「はい。短時間ですが、二人きりで話しています」

「その後は?」

「オルブライト副団長の執務室へ向かいました」

 ユアンが壁際で腕を組んでいた。

「順番が分かりやすいな」

 ヘルムートは頷く。

「ただし、レイドの報告内容までは分かりません」

「ノルベルトは押さえたか」

「まだです。マティアスとの接触直後にこちらが呼べば、警戒されます。少し置きます」

 アルベルトは静かに言った。

「マティアスは何かを得たな」

「おそらく」

 ヘルムートの声は冷静だった。

「何も得られなかった者の足取りではありませんでした。記録室を出た後、自室へ戻っています。その後、オルブライト副団長へ報告。間に何かを確認した可能性があります」

 ユアンが目を細める。

「自室か」

「以前、旧手帳らしきものを確認しています」

 アルベルトは報告書を机に置いた。

「手帳を持っているなら、マティアスはただの駒ではない」

「ええ」

 ヘルムートは淡々と続けた。

「オルブライト副団長に完全に従属しているなら、手帳など残しません。保険として持っている可能性があります」

 ユアンが低く言った。

「つまり、彼はガレスにも嘘をつく」

「十分あり得ます」

 アルベルトはしばらく沈黙した。

 マティアスを今すぐ拘束すれば、手帳を押さえられるかもしれない。

 だが、それではガレスへ伸びる線が切れる。

 逆に泳がせれば、マティアスは自分の保身のためにさらに動く。その動きが、隠された記録や関係者を浮かび上がらせる可能性がある。

「泳がせる」

 レーヴェン団長は決めた。

「ただし、ノルベルトは保護しろ。表向きは体調不良でも何でもいい。マティアスが二度目に接触する前に、こちらで話を聞く」

「承知しました」

 ヘルムートが答える。

 ユアンはすぐに言った。

「私が聞きますか」

「いや」

 アルベルトは首を横に振った。

「最初はオスカーだ。ノルベルトは怯えているだろう。ユアンが行けば、調査だと身構える」

 ユアンは少しだけ苦笑した。

「私はそんなに怖いですか」

「今はな」

 ヘルムートは小さく咳払いをした。

「では、私が記録整理の確認として呼びます。聴取ではなく、補足確認という形で」

「そうしろ」

     


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。