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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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旅立ちの朝 2

 村の広場には、荷馬車が用意されていた。

 隣町へ荷を運ぶ農夫の馬車で、荷台には麻袋や木箱が積まれている。その端に、ミラとエリオットが座れるだけの場所が空けられていた。

 村長が馬の首を撫でながら言った。

「隣町まではこの馬車で行ける。そこから次の逗留先の村までは、乗合馬車か、途中まで歩きになるだろう」

「ありがとうございます」

 ミラが頭を下げると、村長は穏やかに笑った。

「礼を言うのはこちらだよ。急な延長までしてもらって、本当に助かった」

「まだ診きれていない方もいます。薬の使い方は紙にまとめてありますので」

「うん。エダにも確認してもらう」

「熱が長く続く人が出たら、次の村へ使いを出してください。できる限り戻るか、近くの治療師を紹介します」

「分かった」

 ミラは何度も確認する。

 村長は苦笑した。

「ミラさんは本当に最後まで治療師だね」

「仕事ですから」

「そういうところが、皆に好かれたんだよ」

 ミラは返事に困り、少しだけ視線を落とした。

 広場には、村人たちが少しずつ集まってきていた。

 診療を受けた子どもが母親の後ろから手を振っている。腰痛を診た老人が杖をついて立っている。若者たちは荷物を馬車に積み込むのを手伝い、女性たちはまた何か食べ物を持たせようとしている。

 ミラは何度も礼を言いながら、これ以上は本当に持てないと断った。

 だが、最終的に焼き菓子の包みがひとつ増えた。

「これは軽いから」

 という理屈だった。

 エリオットが広場に現れると、村人たちの視線が一斉に向いた。

 一瞬、空気が静かになる。

 エリオットはそれに気づいたようだったが、以前のように肩を強張らせはしなかった。

 左手には短い杖。

 右腕は保護布で吊らず、身体の横に自然に添えている。もちろん、無理に使える状態ではない。けれど、もう死んだように垂れているだけの腕ではなかった。

 村長が声をかける。

「エリオット」

「ああ」

「無理はするなよ」

「分かっている」

 即答だった。

 村長は少し驚いた顔をし、それから笑った。

「ミラさんに仕込まれたな」

「治療方針だそうだ」

「なら従った方がいい」

「そうしている」

 そのやり取りに、村人たちの間から小さな笑い声がこぼれた。

 以前なら、エリオットはその笑いを嫌がったかもしれない。

 だが今日は、ただ少しだけ目を伏せただけだった。

 その時、エダが広場へやってきた。

 杖をつき、いつものように背筋を伸ばしている。手には小さな布袋を持っていた。

「ミラ」

「エダさん」

 ミラが駆け寄ると、エダは布袋を差し出した。

「追加の白花だよ。乾燥させてある。泉の水と合わせて使いな」

「ありがとうございます。でも、昨日もいただいたのに」

「旅は思った通りにはいかないものさ。持てる時に持っていきな」

 ミラは両手で受け取った。

 エダは次にエリオットを見る。

「エリオット」

「エダ」

「あんたは、ちゃんと痛みを言うんだよ」

「……分かっている」

「嘘をついたら、ミラに言いつける」

「もう言われている」

「ならよし」

 エダは満足そうに頷いた。

 それから、少しだけ表情を改める。

「村を出るのは怖いかい」

 エリオットはすぐには答えなかった。

 村人たちの気配が、わずかに静まる。

 彼は遠く、祠へ続く道の方を見た。

「怖くないとは言えない」

 正直な声だった。

「だが、ここに留まっていても分からないことがある」

「そうだね」

「俺の腕のことも、あの討伐のことも、試し石のことも」

 試し石、という言葉に、一部の村人は首を傾げた。

 けれどエダは何も聞き返さなかった。

 エリオットは続ける。

「それに、ミラの治療は続ける必要がある」

 ミラはそこで少しだけ瞬きをした。

 エリオットは彼女を見た。

「だから行く」

 短い言葉だった。

 けれど、それだけで十分だった。

 エダは静かに笑った。

「逃げるためじゃないんだね」

「ああ」

「なら、行っておいで」

 エダは右手を伸ばし、エリオットの護符に触れない程度の距離で止めた。

「女神様が、あんたたちの道を見ている」

 護符が淡く光る。

 同時に、ミラの胸元のペンダントもほんのり温もった。

 ミラとエリオットは、思わず顔を見合わせた。

 エダは何も言わない。

 ただ、知っていたように目を細めていた。


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