喉に残る印章 3
その後、ヴィクトルの再聴取は方法を変えて進められた。
直接の名前は言わせない。
人員表は使いすぎない。
場所、時間、動き、記録係の交代、印章を渡された時の状況だけを、可能な範囲で拾っていく。
ヴィクトルは相変わらず逃げようとした。
「そこは覚えていない」
「暗かった」
「気が動転していた」
そんな言葉を何度も使った。
だが、嘘と本当に違いがあった。
嘘の時は目が泳ぐ。
自己保身の時は言葉が軽くなる。
術式に触れる時は、喉が詰まる。
ユアンはそれを一つずつ切り分けた。
「これは黙秘ではない」
「ここは自己保身」
「ここは術式反応」
ヘルムート副官が記録する。
アルベルトは最後まで黙って見ていた。
その沈黙が、ヴィクトルには一番重かった。
聴取が終わる頃には、夕方になっていた。
ヴィクトルは疲れきった顔で椅子に沈んでいる。
アルベルトは静かに告げた。
「ヴィクトル。お前は保護観察下に置く」
「保護、ですか」
「監視とも言う」
ヴィクトルは乾いた笑いを漏らした。
「正直で助かります」
「お前はまだ何かを隠している」
ヴィクトルは黙った。
「だが、喋れないものがあることも分かった。今後、お前を消そうとする者が出る可能性がある」
その言葉に、ヴィクトルの顔色がさらに悪くなった。
「……冗談じゃない」
「冗談ではない」
アルベルトはヘルムートへ視線を向ける。
「ヴィクトルの所在は団長室預かりにする。表向きは体調不良による待機。接触者を記録しろ」
「承知しました」
ユアンも頷く。
「私が定期確認に入ります」
ヴィクトルが連れて行かれた後、小会議室にはアルベルト、ヘルムート、ユアン、ライヘル、オルガだけが残った。
ライヘルは旧結界具の解析結果を机に置いた。
「結界具の中央白石板に、黒系屈曲痕が残っていました。ヴィクトル氏の証言と一致します」
ヘルムートはそれを見て、静かに息を吐いた。
「中央白石板。彼が示した位置と同じです」
ユアンが言った。
「公式記録には、中央白石板の異常はない」
「つまり、記録から消された」
オルガの声は軽くなかった。
アルベルトは資料を見下ろしたまま、低く言った。
「これはもう、ただの事故ではない」
その言葉に、部屋の空気が決定的に変わった。
二年前の事故。
エリオットの右腕を奪った出来事。
それは不運ではなく、誰かの意図によって作られた可能性が高い。
ライヘルは拳を握った。
ミラの白花。
エリオットの右腕。
黒系術式。
口封じの印章。
改竄された記録。
すべてが、少しずつ一本の線へ近づいている。
だが、その線の先には、まだ名を呼べない影がいる。
アルベルトはヘルムートに命じた。
「旧結界具を正式に団長直轄保管へ移す。記録は二重にする。閲覧者は私、ヘルムート、ユアンのみ」
「魔術院側の鑑定は?」
「ライヘル・コックスとオルガ研究員に限定する。正式鑑定書は、提出先を絞れ」
ライヘルは頷いた。
「承知しました」
ユアンは静かに言った。
「次は、事故当日の記録係と点検者です」
「洗え」
アルベルトの声は鋭かった。
「ただし、まだ大きく動くな。相手がこちらの手を知れば、証拠を消しに来る」
ヘルムートが短く応じる。
「では、表向きは旧備品の再点検と、過去記録の整理に留めます」
「そうしろ」
夜、ライヘルとオルガは騎士団本部を出た。
王都の空には、薄い雲が広がっている。
オルガは歩きながら言った。
「これで、エリオット君の事故は事故じゃない方向へかなり傾いたね」
「ええ」
「君、大丈夫?」
「大丈夫ではありません」
ライヘルは即答した。
オルガは少しだけ笑う。
「正直でよろしい」
「ミラにも、エリオット君にも、まだ伝えられません。確定には近づいた。でも、名前はまだ出せない。印章の残滓も、旧結界具の痕も、相手を直接示すには足りない」
「でも、進んだ」
「はい」
ライヘルは立ち止まり、騎士団本部を振り返った。
「二年前に閉じられた記録が、ようやく開き始めました」
けれど、開けば済む話ではない。
記録の奥には、人がいる。
権力がある。
隠した者がいる。
そして今も、ミラとエリオットを見ている者がいる。
ライヘルは、深く息を吐いた。
「急がないと」
「徹夜明けでまたそれ?」
「急がないと、次に狙われるのは現場です」
オルガは今度こそ、盛大にため息をついた。
「コックス家、全員そうなの?」
ライヘルは答えなかった。
ただ、歩き出した。
王都の夜の下で、黒い術式の痕跡と、白花の記録が、ゆっくりと近づいていた。




