団長室の照合 2
アルベルトはしばらく黙っていた。
彼の表情は険しい。
「これが事実なら、二年前の事故はエリオット一人の不運では済まない。騎士団の訓練場で、結界に干渉した者がいる。そして、その後に記録を歪めた者もいるかもしれない」
ヘルムート副官が、事故記録を開く。
「結界点検者名に上書き跡があります。写しは欠落。見張り交代記録にも不自然な空白がある」
ユアンが続けた。
「ヴィクトルの証言には嘘もあります。ですが、公式記録の方にも改竄の疑いがある。どちらも鵜呑みにはできません」
アルベルトは机を軽く指で叩いた。
「ヴィクトルを再度呼ぶ」
「場所は変えた方がいいです」
ユアンが言った。
「本部内の通常聴取室では、誰が聞いているか分かりません」
ヘルムートも頷く。
「団長室直轄の小会議室を使いましょう。記録官は私が選びます。写しは二部。正規保管とは別に、団長直轄で一部を保管します」
「閲覧権限は制限しろ」
アルベルトの声は鋭かった。
「二年前の事故記録に触れられる者を絞る。過去の出入り記録も洗え」
「承知しました」
ユアンはライヘルを見た。
「魔術院側から、結界干渉の痕跡を検出する方法はありますか」
「当時の結界具が残っているなら」
「訓練場の旧結界具は倉庫に移されています」
ヘルムートが答えた。
「ただし、点検済みとして保管されています。廃棄はされていません」
「見せてください」
ライヘルの声が強くなった。
「二年経っていても、黒系の屈曲痕なら残留している可能性があります。特に、結界具の芯材や白石板に」
オルガが横から言う。
「ただし、触る人間は絞った方がいいです。もし誰かが消しに来るなら、次に狙われるのはその結界具です」
アルベルトはすぐに決めた。
「ヘルムート。旧結界具を団長預かりに移せ。表向きは備品再点検でいい」
「はい」
「ユアン。ヴィクトルの再聴取準備。だが急ぐな。こちらが何を掴んだか悟らせるな」
「承知しました」
会議が一段落した時、アルベルトはライヘルへ視線を向けた。
「コックス研究員。確認しておきたい。エリオットの右腕は、今どうなっている」
ミラの名は出さなかった。
だが、その問いがどれほど危うい情報に触れるか、全員が分かっていた。
ライヘルは慎重に答えた。
「外部には、回復なしと見せるべき状態です」
ヘルムートが目を細める。
「実際には?」
「詳細は伏せます。本人の安全に関わりますので」
アルベルトはしばらくライヘルを見ていた。
そして、静かに頷いた。
「それでいい。知る者を増やすべきではない」
ユアンも同意した。
「こちらでも、エリオットの現状については探りを入れません。必要なのは二年前の事故の真相です」
ライヘルは小さく頭を下げた。
「感謝します」
アルベルトは重く言った。
「感謝されることではない。騎士団は、彼を守れなかった可能性がある」
その言葉に、部屋が静まり返った。
アルベルトの声には、団長としての責任があった。
「二年前、我々は事故として処理した。もしその裏に誰かの手があったなら、騎士団は自らの内側を調べなければならない」
ヘルムート副官が、静かに目を伏せた。
「団長。調査を進めれば、必ず妨害が入ります」
「分かっている」
「上層部の一部、あるいは貴族筋からも」
「それでも進める」
アルベルトは断言した。
「エリオット・バーンスタンの名誉だけの問題ではない。騎士団の剣が、誰かの術式に曲げられたかもしれないという話だ」
ユアンはその言葉を聞き、静かに背筋を伸ばした。
会議の終わり際、オルガがふと思い出したように言った。
「もう一つ。王家保管資料について」
アルベルトが視線を向ける。
「王家の?」
「治癒の女神伝承と守護騎士記録の照合には、王家保管の試し石関連資料が必要です。ライヘルが閲覧申請を出していますが、普通なら通りません」
ライヘルが少し渋い顔をする。
「まだ申請段階です」
「でも、騎士団側から二年前の事故との関連調査として添え状があれば、通る可能性が上がります」
ヘルムートがアルベルトを見る。
アルベルトは少し考えた。
「まだ早い」
ライヘルは頷いた。
「私もそう思います。今はまだ、事故記録と旧結界具の照合が先です」
「だが、準備はしておけ」
アルベルトは言った。
「必要になった時に、すぐ出せるように」
オルガは小さく笑った。
「話が早くて助かります」
「笑い事ではない」
「分かっています」
その表情は、先ほどまでの軽さを少しだけ消していた。
ライヘルとオルガが団長室を出た後、アルベルトはしばらく黙っていた。
ヘルムート副官が静かに資料をまとめる。
「団長」
「何だ」
「この調査は、想定より深くなります」
「分かっている」
「ユアン一人では危険です」
アルベルトは頷いた。
「お前が補佐しろ。記録の動き、閲覧申請、保管庫への出入り。すべて見ろ」
「承知しました」
ユアンは一礼する。
「私も動きます。ヴィクトルをもう一度聴取します。ただ、彼は必ず何かを隠します」
「隠させておけ」
アルベルトは言った。
「隠そうとする場所が分かれば、そこが急所だ」
ユアンは静かに頷いた。
その夜、騎士団本部の一角で、旧結界具の移送準備が密かに始まった。
表向きは、古い備品の再点検。
だが、ヘルムート副官が選んだ者以外には、移送先も理由も知らされない。
ユアンは薄暗い倉庫の前に立ち、封印された木箱を見つめていた。
二年前。
ここに眠る結界具が、本当に黒く沈んだのか。
その一瞬が、エリオットの右腕を奪ったのか。
そして、その影は今も騎士団の中に残っているのか。
ユアンは静かに息を吐いた。
「ヴィクトル。今度こそ、話してもらうぞ」
王都の夜は深い。
だが、その奥で、二年前に閉じられたはずの記録が、少しずつ開き始めていた。




