白布の解析 2
父への報告は、符丁を使わなかった。
もちろん外封は魔道具部品の検査報告に偽装する。だが、内側はオリヴァーだけが読める封印をかけ、内容は正確に書いた。
――ミラの白花反応は、治癒の女神系古式加護反応と見てよい段階です。
――サリア水路反応、白石布反応、黒い媒介の押し出し記録が一致しています。
――黒系媒介を破壊するのではなく、対象本来の流路へ復帰させる性質があります。
――エリオット君の右腕反応は、守護騎士伝承に記録される「傷ついた剣」の共鳴と一致する部分があります。まだ断定は避けますが、無視はできません。
――偽白樹脂片は、白花反応を測定するための誘導媒介と考えられます。敵はすでにミラを研究対象として見ています。
――黒紙媒介は、患者の薬効を遅延させ、白花反応を引き出す目的で作られています。患者を条件化する術式です。セヴラン系の思想が濃い。
ライヘルはそこで一度筆を止めた。
父がこれを読む顔が目に浮かんだ。
きっと、静かに怒る。
そして、すぐに必要な対策を考える。
だからこそ、書かなければならない。
――ミラ本人には断定的な伝え方を避けてください。
――ただし、偽白反応の危険、黒を破壊しないこと、白花反応とエリオット君の右腕反応を同時刻で記録することは必ず伝えてください。
――ミラの力は強まっています。ですが、万能ではありません。疲労と過使用の記録を取る必要があります。
最後に、少しだけ手が止まった。
研究報告には不要な一文。
しかし、父には必要な一文。
――父さん。ミラを一人にしないでください。
ライヘルはその文を消さなかった。
ミラへの手紙は、符丁で書いた。
表向きには、布と箱と古い水路に関する注意書きにしか見えない。
――白布の織り手へ。
ライヘルはその書き出しを見て、少しだけ眉を寄せた。
妹へ、と書きたい。
だが、書けない。
彼は続けた。
――届いた白布と水場の記録を確認しました。実物の反応は、旧歌の記述と重なる部分が多くあります。ただし、白布は万能ではありません。
――黒鉄に触れる際は、破砕を避けること。織り目を戻すことを優先してください。黒を引き抜こうとせず、対象が本来どこへ流れるべきかを見ること。
――白く見える糸が、すべて正しいとは限りません。温かさ、流れ、乾きの有無を必ず記録してください。冷たく乾いた白は取らないこと。
――水、花、石、封箱の反応は、必ず同時刻で記録すること。封箱の底板に響きがあっても、開閉試験は控えてください。内留め具、外留め具の記録は通常帳簿と分けること。
ここまでは研究者としての指示。
ライヘルは少しだけ迷い、最後に兄としての文を足した。
――白布は、水を吸いすぎると傷みます。濡れたまま広げず、必ず乾かす時間を取りなさい。周囲に止められた時は、止まること。
書き終えた後、オルガが横から覗き込んだ。
「心配が滲み出てるね」
「符丁です」
「符丁でも兄は兄だね」
ライヘルは黙って封をした。
エリオットへの短い注意書きも添えた。
こちらも符丁だった。
――封箱の管理者へ。
――底板に響きが戻っても、蓋を開ける時期ではありません。留め具の反応が揃うまで、開閉試験は避けること。
――白布の織り手が水を吸いすぎる時、封箱が勝手に開こうとするなら、まず箱そのものを守ってください。壊れた箱では、何も守れません。
意味は明確だった。
右手に感覚が戻っても、動かすな。
ミラを守ろうとして無理に右腕を使うな。
あなた自身が壊れたら、ミラを守れない。
ライヘルは封を重ねながら、低く呟いた。
「頼みますよ、エリオット君」
その声には、兄としての警戒と、わずかな信頼が混ざっていた。
昼過ぎ、ライヘルは王家保管資料の閲覧申請書を作成した。
件名は、古式加護反応と黒系偽装波の比較照合。
目的欄にはこう書いた。
――治癒の女神系伝承、守護騎士記録、王家保管の試し石関連資料との照合を要す。
これは、ただの研究申請ではない。
王家の奥に眠る聖遺物や記録へ手を伸ばすための、最初の口実だった。
オルガはそれを見て、少しだけ目を細めた。
「通ると思う?」
「普通なら難しいでしょうね」
「じゃあ、どうするの」
「通すための証拠を揃えます」
ライヘルは言った。
「白花反応、偽白媒介、黒紙、封箱の共鳴。これだけではまだ弱い。ですが、騎士団側の二年前の事故記録と繋がれば、王家保管資料を開かせる理由になります」
「ユアン・クロフォードたちの調査次第か」
「ええ」
ライヘルは椅子から立ち上がった。
「騎士団へ行きます」
「徹夜明けで?」
「今行かないと、別の手が回ります」
「君、本当にコックス家だね」
オルガのため息を背に、ライヘルは解析室を出た。
その日の夕方、王都の安全便がひとつ、エルダントへ向けて出された。
中身は、表向きには魔道具部品の検査結果と布地管理の注意書き。
実際には、父への詳細な解析報告と、ミラとエリオットへの警告だった。
届くまでには、まだ日がかかる。
その間にも、エルダントではミラたちが患者を診ているだろう。
エリオットは右手を隠し続けているだろう。
父は物証を送り、次の旅路を整えているだろう。
ライヘルは窓の外に沈む夕陽を見た。
眠気は限界に近い。
それでも頭は冴えていた。
白花の娘。
傷ついた剣。
偽りの白。
黒い弟子。
王家の試し石。
伝承の言葉が、現実の人間の名を帯び始めている。
ライヘルは拳を握った。
妹を伝説に渡す気はない。
だが、伝説を知らなければ、妹を守れない。
だから彼は調べる。
認めたくない真実であっても。
それが、ライヘル・コックスにできる守り方だった。




