分けるための偽り 2
院長室に全員が集められた。
ミラ。
エリオット。
セリア。
レオン。
院長ハーヴェイ。
薬師長メリッサ。
そして、知らせを持ってきた薬師見習いと、青灯亭からの使い。
セリアは机の上に三つの情報を書き出した。
一、安宿街に薬売り。
二、銀環堂に黒紙素材。
三、エリオット宛ての事故証言。
その横に、太い線を引く。
「優先順位を決めます」
ミラは真剣な顔で頷いた。
以前なら、全部に反応してしまっていたかもしれない。
患者がいるかもしれない。
犯人が捕まるかもしれない。
エリオットの事故の真相が分かるかもしれない。
どれも大事だ。
でも、全部へ同時に飛びつけば、相手の思う壺になる。
レオンが言った。
「まず、人命」
「はい」
セリアが頷く。
「薬袋の被害者が実際にいるかどうかが最優先です。ミラさんは治療院から動かない。患者が来た場合に対応する」
ミラは頷いた。
「分かりました」
「次に、薬売りの目撃情報。ただし、これは追わせるための餌の可能性が高い。レオンさんが単独で追うのは禁止」
「なら、俺とダリオで行く」
レオンが言うと、扉のそばにいたダリオが短く頷いた。
「行ける」
セリアは少し考える。
「ただし深追いしない。薬売り本人を追うより、薬袋を買った人が他にいないか確認してください」
「了解」
「銀環堂の素材情報は?」
エリオットが尋ねる。
「これは店主に確認を頼みます。私はここに残ります」
ミラが少し驚いた。
「セリアさんは行かないんですか?」
「行きません」
セリアは当然のように答えた。
「私を銀環堂へ誘導するのが目的なら、行かないことが一番の対策です。店主なら素材確認はできます。私が必要なら、封じた状態で治療院へ持ってきてもらえばいい」
レオンが低く笑った。
「相手が思うほど、律儀に食いつかないわけだ」
「食いつくにしても、こちらが針を選びます」
セリアの返答に、エリオットがわずかに目を細めた。
「俺宛ての手紙は?」
「開封はします。ただし、ここで。全員の前で」
セリアが言った。
「封に媒介がある可能性もあります。まず白石布へ」
ミラは手紙を見る。
青灯亭から届いた小さな封筒。
差出人はない。
エリオットはそれをじっと見ていた。
だが、伸ばしたのは左手でも右手でもなかった。
「セリア、お願いします」
「はい」
手紙の封には、目立つ異常はなかった。
だが、白石布の上に置くと、ほんのわずかに灰色の点が滲んだ。
セリアの表情が険しくなる。
「弱い媒介です。読む者の意識を引く程度。強制力はありませんが、焦りを増幅する可能性があります」
ミラはぞっとした。
手紙そのものが、罠。
もしエリオットが一人で読んでいたら。
もし、二年前の事故の言葉に心を揺さぶられていたら。
エリオットは静かに息を吐いた。
「やはり餌か」
「内容を確認します」
セリアが手袋越しに封を開け、紙を広げた。
そこには、短い文だけが書かれていた。
――二年前、結界を黒く沈めた者を知っている。
――真実を知りたければ、今夜、旧南門の廃倉庫へ。
――治療師には知らせるな。
最後の一文を見て、レオンが鼻で息を吐いた。
「雑だな」
エリオットも静かに頷く。
「俺を知らない者の文ですね」
ミラは顔を上げる。
「どういうことですか?」
「俺が君に知らせず動くと思っている」
エリオットは手紙を見つめたまま言った。
「それだけで、差出人は少なくとも俺の近くにいた者ではない」
ミラは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
信頼されている。
隠さず共有する相手だと思われている。
それが、こんな状況でも嬉しかった。
セリアは記録板へ書き込む。
「偽情報の質、対象理解不足。事故情報でエリオットさんを単独誘導しようとした形跡あり」
レオンが言う。
「だが、旧南門の廃倉庫は確認した方がいい」
「行くなら罠として行く」
ダリオが低く言った。
「夜ではなく、昼。複数人で。役所か治療院の証人をつける」
「私も同意です」
セリアが頷く。
「今夜は行かない。相手が指定した時間と場所には従いません」
エリオットは静かに言った。
「それでいい」
その声には、ほんの少しだけ悔しさがあった。
偽情報だと分かっていても、二年前の事故という言葉が心に触れないわけではない。
ミラはそれに気づいたが、今は何も言わなかった。
その頃、レオンとダリオは安宿街へ向かっていた。
薬売りを見たという少年は、路地の角で待っていた。
「あっちにいたんだ。細い男で、薬師みたいな袋持ってて」
レオンは少年の視線の向きを確認する。
「今もいるのか」
「さっきまでいた」
「誰かを呼びに行ったか?」
「いや、あの、治療院に言えばお金になるって聞いて……」
レオンはダリオと目を合わせた。
金。
撒かれた情報だ。
「誰から聞いた」
「知らない人。宿場の前で」
レオンは屈み、少年と目線を合わせた。
「怒ってはいない。だが、次から知らない相手の話で人を動かすな。危ない」
少年は青ざめて頷く。
ダリオは路地の奥を見た。
「足跡は薄い」
「追わせるための偽跡だろうな」
レオンは薬売りを追うのではなく、近くの宿へ入った。
そして聞き込みを変えた。
薬売りを見たか、ではない。
同じ薬袋を持っている者がいないか。
その聞き方にした途端、一人の宿女中が声を潜めた。
「一人、います。昨日から咳をしている旅人が、安い薬を買ったって」




