分けるための偽り 1
薬袋の回収が始まってから二日目の朝、エルダント治療院には妙な緊張があった。
怪しい薬袋は、全部で六つ回収された。
最初に見つかった少年のもの。
飲ませる前に母親が持ち込んだもの。
咳の続く老人が持っていたもの。
安宿街で見つかった三つ。
残りは、おそらく一つ。
だが、その一つがどこにあるのか分からない。
ミラは治療院の処置室で、朝の確認をしていた。
水瓶。
包帯棚。
薬草棚。
銀環堂の仮設遮断具。
どれも異常はない。
セリアが記録板に淡々と書き込む。
「処置室、反応安定。水瓶、異常なし。包帯棚、異常なし。薬袋媒介の持ち込み、現時点でなし」
ミラは少しだけ息を吐いた。
「残りの一つ、見つかるといいんですが」
「見つかるといい、ではなく、見つけます」
セリアは顔も上げずに言った。
「ただし、焦って探しに出るのは駄目です。相手はそれを狙っています」
「はい」
ミラは頷いた。
昨日なら、安宿街へ走り出したい気持ちの方が強かったかもしれない。
けれど今は違う。
自分が治療院にいることで、持ち込まれた薬袋を見つけられる。患者を診られる。自分が動き回るより、ここで待つことが守りになる場合もあるのだと分かり始めていた。
その時、待合室の方がざわついた。
レオンが入口から戻ってくる。
「三件、同時だ」
その声に、ミラもセリアも顔を上げた。
「同時?」
「ああ」
レオンは短く告げる。
「一つ。安宿街の南端で、薬を配った若い男を見たという知らせ。今なら追えるらしい」
セリアの目が細くなる。
「一つ目から怪しいですね」
「二つ。銀環堂へ、黒紙に似た素材を持ち込んだ客がいるという伝言」
「……それも今?」
「今だ」
ミラの胸がざわつく。
レオンは続けた。
「三つ。青灯亭に、エリオット宛ての手紙が届いた。差出人なし。二年前の事故について話せる者がいる、と」
処置室の空気が、一瞬で冷えた。
エリオットは記録帳を持ったまま、わずかに目を伏せた。
その横顔は静かだった。
けれど、ミラには分かった。
その情報は、彼にとって無視しにくい。
二年前の事故。
右腕を奪った出来事。
その真相に繋がるかもしれない言葉。
ミラは思わずエリオットを見る。
エリオットはすぐに口を開いた。
「俺は行かない」
誰より早い判断だった。
ミラは目を瞬く。
エリオットは静かに続けた。
「差出人なしの手紙に、俺一人で動く理由はありません。むしろ、俺を揺らすための餌と考えるべきです」
レオンが頷いた。
「正しい」
セリアも記録板を閉じた。
「同時に三件。薬売りの目撃、黒紙素材、事故情報。偶然ではありません」
ミラは息を呑んだ。
「私たちを、分けようとしている?」
「はい」
セリアは即答した。
「ミラさんを治療院に。レオンさんを安宿街へ。私を銀環堂へ。エリオットさんを事故情報へ。そう分ければ、それぞれの横に隙ができます」
ミラの手が胸元の白花に触れる。
花は熱くない。
だが、空気の流れが妙に乾いている。
サリアの水でも、治療院の灰色でもない。
これは、人の意図だ。




