疑いの街で積む信頼 2
一方その頃、《銀環堂》では、オリヴァーとイザーク、セリアが物証の発送準備を進めていた。
作業台には、いくつもの封印箱が並んでいる。
レーンの集落で得た反応写し。
サリア水車村の黒い木札。
祠下から押し出された黒い銅片。
白花反応を吸わせた白石布。
エルダント治療院の黒い記録盤の破片。
偽白樹脂片。
時計塔に残されていた術式紙の灰。
そして、別封の記録。
封箱の底板に響きあり。
エリオットの右手の記録だった。
オリヴァーは、それを最も小さな封筒に入れ、さらに二重の符丁で包んだ。
「これだけは、ライヘル本人へ」
セリアが確認する。
「通常帳簿とは分けます。送付名目は、封印箱の底板振動に関する問い合わせ」
「頼む」
イザークは囮用の箱を一つ持ち上げた。
「こっちには何を入れる?」
「古い壊れた反応針と、意味のない部品目録でいい」
セリアが答える。
「外から見ると重要そうですが、盗まれても問題ありません。むしろ開けた相手の手に白石粉が残るようにします」
イザークはにやりとした。
「いい趣味だ」
「店主に似ました」
「本当に認めたくない」
オリヴァーは二人のやり取りを聞きながら、別の手紙を書いていた。
宛先は、リンドルの魔道具屋。
――こちらはエルダントにて一時滞在。銀環堂を中継に、白布と黒鉄の記録を分けて発送する。
――エルダントでの案件が落ち着き次第、私はリンドル方面へ戻る予定。
――坑道下の村、グレイル、レーン、王都からの連絡があれば集めておいてほしい。
――黒鉄、白布、封箱に関する報告は混ぜずに保管すること。
書き終えてから、オリヴァーは少しだけ筆を止めた。
娘を置いて戻る準備をしている。
それは必要なことだ。
分かっている。
エルダントで新しい体制を作り、セリアとレオンに引き継ぎ、王都とリンドルの情報路を整える。自分がいつまでも同行していては、リンドル側の物証整理も、グレイルやレーンの後方支援も進まない。
それでも、胸の奥が重かった。
イザークが横から言う。
「親の顔だな」
「職人の顔のつもりだったんだけど」
「混ざっている」
「……そうか」
オリヴァーは封をした。
「なら、どちらの顔でもできることをするだけだ」
午後、治療院では少しだけ忙しさが増していた。
ミラが補助に入ったことで、軽傷患者の処置が早くなった。メリッサも、薬師見習いたちも、ミラの手際を認め始めている。
だが、白花の力を使う機会はなかった。
それでいい。
ミラはそう思っていた。
派手な奇跡ではなく、普通の治療を積み重ねる。
エリオットの言葉が、何度も胸の中で響いていた。
昼過ぎ、薬を取りに来た荷運び人が、メリッサと話していた。
「坑道下の村の話、まだ続いてるの?」
「ああ。あそこは最近、妙な咳と熱が増えてるらしい。坑道の奥で古い水が出たとか、土が変な匂いをするとか、噂はいろいろある」
メリッサがさりげなく尋ねる。
「治療師は?」
「村付きの薬師がいるけど、薬草が効きにくいって聞いたな。エルダントに相談したくても、役所で止まってるんじゃないか?」
「止まってる?」
「水利だの鉱道管理だの、どこの管轄か揉めてるらしい。上が確認するまで外から人を入れるなって話もある」
ミラは薬草棚の整理をしながら、その話を聞いていた。
また、役所。
また、確認。
また、外から人を入れるな。
サリアと似ている。
けれど、同じとは限らない。
エリオットが隣で小さく言った。
「記録だけに」
「はい」
ミラは頷き、聞いた内容を短く書き留めた。
坑道下の村。
咳と熱。
土の匂い。
古い水。
薬草の効きが悪い。
管轄不明による足止め。
次の目的地になるかもしれない。
だが、今すぐ動けるわけではない。




