王都に届いた白い報告 1
王立魔術院の古式術式解析室は、朝から紙の匂いに満ちていた。
古文書。
反応写し。
魔力路図。
失伝術式の断片。
ライヘルは、机の上に積み上げられた資料の間で、封筒を一通受け取った。
差出人は、リンドルの魔道具屋。
だが封の内側に使われた白石粉の癖で、すぐに分かった。
父からだ。
ライヘルは周囲を見回し、解析室の扉を閉めた。鍵をかけ、遮音具を起動する。
それから封を切った。
中に入っていたのは、数枚の報告書と、薄い反応写しだった。
サリア水車村。
水車軸の黒い木札。
祠下の黒い銅片。
祠の水源。
白花反応。
患者三名の熱低下。
そして、別封にされた短い記録。
――第四流、明瞭化。
――第五流、圧覚の兆候。
――手掌部、布を押さえる反応あり。
――白花反応と同時刻。
ライヘルは、その一文を読んだまま動きを止めた。
「……最悪だ」
声は低かった。
怒りではない。
恐怖と、理解と、認めたくない確信が混ざった声だった。
彼は別の紙を引き寄せた。
古い伝承記録。
サリア地方の水神信仰に関する写本。
エリオットの村に伝わる治癒の女神の祠の記録。
王家が秘蔵する守護騎士伝承の断片。
そこには、古い言葉でこう書かれている。
――白花を携えし娘、水を掬わず、道を示す。
――濁りは破られず、己が流れを思い出す。
――傷つきし剣、その手に熱を取り戻す時、古き誓いは再び息づく。
ライヘルは額を押さえた。
「一致しすぎている……」
昼前、オルガが解析室へ入ってきた。
扉を開けるなり、彼女はライヘルの顔を見て眉を上げた。
「顔が死人だね」
「死人の方が気楽かもしれません」
「妹さん絡み?」
ライヘルは無言で報告書を差し出した。
オルガはそれを受け取り、目を通していく。
最初は軽い調子だった彼女の表情が、少しずつ真剣なものへ変わった。
「サリアの祠が応えた」
「そう読めます」
「白花が流れた」
「はい」
「水源の媒介が、掘り出されたのではなく、水に押し出された」
「はい」
「患者の熱が下がった」
「はい」
「そして、同時刻にエリオット・バーンスタンの右手の回復が進んだ」
「……はい」
オルガは紙を机に置いた。
「君、これを偶然だと言える?」
「言いたいです」
「研究者として?」
「言えません」
「兄として?」
「言いたいです」
オルガは少しだけ肩をすくめた。
「大変だねえ。研究者の君と兄の君が、また殴り合ってる」
ライヘルは答えなかった。
ただ、古い記録を開く。
「まだ物証は届いていません。黒い木札も、銅片も、祠の水も、白石布も、すべてエルダントへ運ばれているはずです。だから断定はできない」
「でも、第一報だけでも否定できない」
「ええ」
ライヘルは、古文書の一節を指でなぞった。
「白花の娘。水を掬わず、道を示す。黒を壊すのではなく、流れを戻す。これは、ミラの報告と一致します」
オルガが隣の紙を覗き込む。
「傷つきし剣、その手に熱を取り戻す……こっちはエリオット君?」
「そう見えます」
「守護騎士の兆候?」
「まだ言葉にしたくありません」
「でも頭の中では言ってる」
「やめてください」
オルガは小さく笑ったが、すぐに真顔へ戻った。
「サリアだけなら、地方伝承の偶然で押し通せたかもしれない。でも、彼の右手が同時に反応しているなら話が変わる」
「だから嫌なんです」
ライヘルは低く言った。
「ミラだけなら、まだ治癒魔法の特殊変異として扱えた。エリオット君だけなら、黒い封じへの治療反応として説明できた。けれど二人が同時に、土地の祠と共鳴している」
彼は息を吐いた。
「これは、個人の治療記録ではありません。古式加護反応です」




