知らなければ守れない 3
ライヘルのことも、セリアとレオンへ共有された。
王都の魔術院に所属していること。
専門は古式術式と魔力路解析であること。
治癒の女神伝承、白花反応、エリオットの右腕の共鳴について調べていること。
サリアから第一報を送ったが、慎重な経路を使っているため、まだ届いていない可能性が高いこと。
「ライヘルさんが解析するなら、サンプルの採り方は統一した方がいいですね」
セリアが言った。
「水、布、薬草、媒介、患者経過、白花反応。採取時刻、場所、立会人、ミラさんが触れたかどうか、エリオットさんの共鳴有無。全部必要です」
ミラは少し驚く。
「そんなに細かく?」
「曖昧な記録は、後で役に立ちません。特に敵に反論するなら」
セリアはきっぱり言った。
「ライヘルさんが王都で資料を引き出す時、必要なのは“妹がそう感じた”ではなく、“いつ、どこで、誰の前で、どの反応が起きたか”です」
オリヴァーが頷いた。
「その通りだ」
エリオットも静かに言った。
「王都で戦うには、証拠が要る」
ミラはゆっくり息を吸った。
王都。
まだ遠い場所。
でも、そこへ繋がる道はもう少しずつ作られている。
契約条件も決められた。
セリアは技術助手兼記録係として同行する。
彼女には、サンプル採取、反応写し、封印具管理、ライヘル宛て資料の整理権限が与えられる。
ただし、ミラやエリオットの身体に関わる記録は、本人の同意と立会人を必要とする。
レオンは護衛として同行する。
護衛対象は、ミラ、エリオット、セリア、荷、情報。
街道移動時は彼が外周警戒を担当し、エリオットはミラの近接護衛と記録に集中する。
右手の回復情報は、最重要機密として扱う。
報酬は前払い一部、残りは区間ごと。
レオンの前払い分の一部は、彼の妹夫婦へ預けられることになった。
「長期になる可能性があります」
ミラが言うと、レオンは頷いた。
「だから先に家族へ渡す。戻るまで心配するなと言っても心配はするだろうが、金があれば生活は回る」
「本当に、いいんですか」
ミラの声は小さかった。
レオンは少しだけ考えた。
「俺は、危険があるから断る仕事と、危険があるから受ける仕事を分けている」
「どう違うんですか」
「依頼主が危険を隠すかどうかだ」
彼はまっすぐにミラを見た。
「あなた方は隠さなかった。なら、こちらも選べる。選んだなら、それは俺の責任だ」
ミラは深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
セリアも静かに言った。
「私も同行します。ただし、ミラさん」
「はい」
「無茶をしそうになったら止めます。年上の者としても、技術者としても」
ミラは少しだけ笑った。
「お願いします」
「笑い事ではありません」
「はい」
けれど、セリアの目もほんの少しだけ柔らかかった。
会議が終わる頃、机の上には新しい旅の形ができていた。
ミラ。
エリオット。
セリア。
レオン。
そしてしばらくは、オリヴァー、ロアン、ダリオがエルダントで引き継ぎを行う。
銀環堂を情報と荷の中継に。
青灯亭を滞在拠点に。
エルダント治療院を信用と記録の場に。
ライヘルを王都側の解析者に。
旅は、もう二人だけのものではなくなった。
それを少し寂しくも、心強くも感じながら、ミラは記録紙の端に書かれた符丁を見つめた。
白布。
黒鉄。
封箱。
底板。
響きあり。
普通の言葉に隠された、大切なもの。
それを守るために、これからは言葉も道具も人も使っていく。
エリオットが隣で静かに言った。
「これで、少し動きやすくなる」
「はい」
「そして、隠すべきものも増えた」
ミラは頷いた。
「でも、隠す理由が分かりました」
エリオットは少しだけ目を細めた。
「それは大事だ」
その夜遅く、銀環堂から王都へ向けた新しい便の準備が始まった。
表向きは、封印具の部品と治療院向け遮断具の発注書。
その中に、ライヘル宛ての機密連絡が分けて封じられる。
エルダント治療院の外部干渉。
時計塔で見つかった黒い記録盤の破片。
偽白樹脂片。
セヴラン系術式の模倣者らしき痕跡。
ミラの白花反応。
そして、封箱の底板に響きあり。
一通では全容が分からないよう、三つの便に分ける。
そのうち一つには、何の意味もない囮の部品目録も入れられた。
イザークは封をしながら、満足げに言った。
「いいな。情報にも封印具が必要な時代だ」
セリアは横で冷静に返す。
「昔から必要でした。皆が雑だっただけです」
「本当に容赦がないな」
「店主に似ました」
「そこは認めたくない」
青灯亭の夜は静かだった。
けれど、その静けさの下で、ミラたちの旅は確かに形を変えていた。
守るものが増えた。
伝える道も増えた。
そして、共に歩く人も増えた。




