知らなければ守れない 2
敵の話は、さらに慎重に行われた。
オリヴァーは三つの勢力をもう一度説明する。
「一つ目は、黒い媒介を扱う禁術派の系統。今回の治療院の罠も、その系統だ」
「セヴラン系、ですね」
セリアが言う。
ミラはその名前に少し反応した。
オリヴァーは頷く。
「黒系魔術そのものが悪というわけではない。封印や隔離に使われる正当な技術もある。ただ、今回の術式は違う。封じるのではなく、曲げる。戻る流れを鈍らせ、反応を測る」
イザークも言った。
「セヴラン・ノックスの理論に近い。知る人ぞ知る危険な名だ。一般人が聞いて分かる名ではないが、黒系を扱う職人や研究者なら警戒する」
セリアが続ける。
「ただし、今回の治療院の罠は本人の手ではない可能性が高いです。理論は精密ですが、接続に感情的な癖がある。弟子か模倣者、もしくは心酔者でしょう」
レオンは無言で聞いていた。
オリヴァーは次に、二つ目の勢力を示す。
「二つ目は、騎士団に近い筋。エリオット君の右腕を見ている。右腕の回復を嫌がる者がいるのは間違いない。ただし、個人名は分からない」
エリオットはわずかに目を伏せた。
王都の騎士団。
かつての居場所。
そこから向けられる目が、今は温かいものではないかもしれない。
ミラは思わず彼を見たが、エリオットは静かに視線を戻した。
「三つ目は、政治側」
オリヴァーが言う。
「サリアでもエルダントでも、役人を通じて圧がかかっている。白い術式を危険視させ、ミラたちを街から浮かせようとしている。これも個人名までは分からない」
レオンが腕を組む。
「つまり、相手が一つではない。黒系、騎士団筋、政治筋。それぞれ目的が違うが、結果的に同じ一行を見ている」
「そうだ」
「面倒だな」
「かなりね」
レオンは少しだけ考えてから言った。
「なら護衛対象は、人だけじゃない。荷、情報、評判もだ」
ミラが顔を上げる。
「評判も?」
「ええ」
答えたのはセリアだった。
「通達は、評判を攻撃しています。ミラさんを危険な治療師に見せることで、治療院や宿や護衛が近づきにくくなる。これは実害です」
レオンも頷く。
「街で信用を失えば、助けを求める先が減る。護衛としては、殴られるより厄介な攻撃だ」
ミラは、胸の奥が少し冷えるのを感じた。
人を傷つける方法は、刃だけではない。
疑いを広げることも、人を孤立させる武器になるのだ。
話は、情報路へ移った。
セリアは白紙を一枚取り、三つに線を引いた。
「情報は三段階に分けます」
一つ目の欄に、彼女は「通常連絡」と書く。
「読まれても大きな問題がない内容。到着報告、物資の依頼、表向きの治療記録。これは普通の便でも構いません。ただし、行き先は少しぼかします」
二つ目に「機密連絡」。
「黒い媒介、白花反応、敵の動き、サンプルの概要。これは銀環堂、リンドルの魔道具屋、オリヴァー工房、魔術院の間で符丁を使います」
三つ目に「最重要」。
「エリオットさんの右手の具体的な回復段階。ミラさんと治癒の女神伝承の核心。守護騎士らしき兆候。王都の聖遺物や試し石に関わる情報。これは普通の便では送らない」
ミラは息を呑んだ。
「守護騎士……」
オリヴァーは少しだけミラを見た。
「まだ断定ではない。ライヘルが調べている段階だ」
「でも、可能性はあるんですよね」
部屋が一瞬静かになる。
エリオットが口を開いた。
「可能性があるから守る。断定してからでは遅い」
ミラは小さく頷いた。
セリアは続ける。
「一通に全部書くのは論外です。奪ってくださいと言っているようなものです」
イザークが楽しげに言った。
「うちの弟子は容赦がない」
「店主が甘いだけです」
「甘いつもりはないんだがな」
レオンが紙を見ながら言う。
「便は一本に絞るな。見せる荷と、守る荷を分ける。偽荷も作れるなら作った方がいい」
「偽荷?」
ミラが聞く。
「狙わせるための荷だ」
レオンは淡々と答えた。
「もちろん危険物は入れない。だが、外から見れば重要そうに見える箱を作る。敵がそれに食いつけば、本命の動きが楽になる」
セリアが記録する。
「囮箱。採用検討」
イザークが少し嬉しそうに言った。
「作れるぞ」
「店主、楽しそうですね」
「売上になる」
「でしょうね」
そのやり取りに、ミラは少しだけ肩の力を抜いた。
危険な話をしているはずなのに、皆がそれぞれの得意分野で現実的に動いている。
怖いだけではなく、備えることができるのだと分かる。




