知らなければ守れない 1
その夜、《青灯亭》の小会議室には、いつもより多くの灯が入れられていた。
窓は閉じられ、厚い布が掛けられている。扉の前にはダリオが立ち、廊下の気配を聞いていた。机の上には、エルダント治療院の配置図、時計塔で見つかった証拠の写し、サリアから持ち込んだサンプル目録、そして白紙の契約書が並べられている。
そこに座っているのは、ミラ、エリオット、オリヴァー、セリア、レオン、イザーク。
ロアンは少し離れた場所で、記録用の紙束を整えていた。
これまでの打ち合わせとは違う。
ただの相談ではない。
これから先、誰に何を預け、何を隠し、何を守るのかを決めるための場だった。
最初に口を開いたのは、オリヴァーだった。
「今夜の話を聞いた上で、同行するかどうかを決めてほしい。途中で断っても構わない。だが、聞いた内容は外へ出さない。それだけは約束してもらう」
セリアは腕を組んだまま頷いた。
「当然です」
レオンも短く言う。
「聞いた話を売るような仕事はしない」
ダリオが壁際から低く言った。
「口だけなら誰でも言える」
レオンはそちらを見る。
「なら、疑っておけ。護衛は疑われて困る仕事じゃない」
ダリオは少しだけ目を細めた。
「悪くない返しだ」
「褒め言葉として受け取る」
短いやり取りの後、部屋は静かになった。
オリヴァーはまず、ミラの力について話した。
王都では平凡と評されたこと。
治癒魔法だけは得意だったこと。
エリオットの右腕を診た時、普通の傷ではない黒い封じを見つけたこと。
そして旅の中で、その力が変わり始めたこと。
「ミラの力は、普通の治癒魔法とは違う性質を持ち始めている。少なくとも、私とライヘルはそう見ている」
セリアがすぐに問い返す。
「どう違うんですか」
「黒いものを破壊するのではなく、本来の流れへ戻す。人の魔力路だけじゃない。水、薬草、土地の流れにも反応する」
ミラは少し落ち着かない気持ちで、自分の手元を見た。
自分の力を他人の言葉で説明されるのは、まだ慣れない。
けれど、セリアもレオンも笑わなかった。
セリアは記録板に短く書きながら言った。
「破壊ではなく復帰。黒系媒介の隔離と相性がいい。ただし、力任せに使うと測定される危険がある」
「その通りだ」
オリヴァーは頷く。
「サリアでは、祠の水源と水車に仕込まれた媒介をミラが見つけた。ミラは黒を掴まず、戻る道を見た。私が媒介を切った。結果として、患者の熱が下がり、祠の水が澄んだ」
レオンが静かに口を開く。
「それを、村人と役人が見た」
「そうだ」
「だから通達が出たわけか」
レオンの理解は早かった。
オリヴァーは少しだけ目を伏せる。
「おそらくね。白い力を危険なものとして扱いたい者がいる」
セリアがミラを見た。
「ミラさん。あなたの力は便利な奇跡ではありませんね」
ミラは顔を上げる。
「便利……ではないと思います」
「ええ。記録なし、手順なし、監督なしで使わせたら、あなた自身が危険になります。だから同行するなら、私はあなたの力を“感覚”で終わらせません。採取、記録、比較、封印。全部やります」
その言い方は厳しかった。
でも、ミラは不思議と嫌ではなかった。
「お願いします」
セリアは少しだけ頷いた。
次に、エリオットの右腕の話になった。
室内の空気が、さらに重くなる。
エリオットは自分から口を開いた。
「二年前、俺は事故で右腕の自由を失いました。表向きは事故です。ただ、今はそれが仕組まれていた可能性を考えています」
レオンの視線が、エリオットの補助具へ一瞬だけ落ちる。
それ以上は見ない。
「黒い封じか」
「そう見ています」
エリオットは静かに続けた。
「ミラの治療と、各地の白花反応に共鳴して、右手の感覚が少しずつ戻っています。薬指、小指、手のひら。今は布の温度と接触位置が分かる程度です」
セリアの手が止まった。
レオンもわずかに目を細める。
イザークが低く息を吐いた。
「それは、通達に書かれていないな」
「書かれていたら困ります」
エリオットは淡々と言った。
「外では右手を使えないままに見せています。実際、戦える状態ではありません。剣はまだ持てない。ですが、この情報を知られれば、エリオット・バーンスタンが回復し始めたと判断される」
オリヴァーが補足する。
「サリア以降、エリオット君の右腕を見ている密偵がいる。剣を知る者の目だ。騎士団に近い筋かもしれない。個人名は分からない」
レオンが短く言う。
「右腕を見せないことが護衛対象に含まれるわけだな」
「そうです」
エリオットは頷いた。
「俺自身も気をつけますが、咄嗟に右手を出す可能性があります。特にミラに危険が及ぶ時です」
「なら、その前に俺が動く」
レオンの返答は早かった。
「護衛対象はミラさんだけじゃない。あなたの右手の情報も含む。人前では、俺かセリアさんが代わりに荷や扉を扱う。あなたは右手を使えないように見せ続ける」
エリオットは彼を見た。
「できますか」
「仕事ならやる。ただし、リハビリの進み具合は必要な範囲で共有してもらう」
「分かりました」
セリアも言った。
「右手の記録は最重要扱いです。通常の治療記録と一緒には保管しません。符丁も変えた方がいい」
「符丁?」
ミラが聞き返す。
セリアは記録板へ書きながら答えた。
「たとえば、今まで“第四流”“第五流”と書いていたとしても、敵に一度読まれたら終わりです。今後は右手の回復段階を、別の物品名に置き換えます」
エリオットが少し考えた。
「剣では直接的すぎますね」
「はい。剣、鞘、腕、指は避けます」
レオンが言った。
「荷の符丁に混ぜろ。護送の記録に見える方がいい」
セリアが頷く。
「では、右手全体を“封箱”。薬指を“内留め具”。小指を“外留め具”。手のひらを“底板”。感覚回復は“響きあり”。動作確認は“開閉試験”。これなら、魔道具の輸送記録に見えます」
イザークが感心したように言った。
「君、悪いことに向いているな」
「店主に鍛えられました」
「心外だ」
「事実です」
少しだけ空気が緩んだ。
ミラも小さく笑ったが、すぐにその符丁の意味を理解して、表情を引き締めた。
エリオットの右手は、そこまでして守る情報なのだ。




