治療院からの依頼 2
最初の仕事は、軽傷患者の処置補助だった。
ミラは治療台のそばに立ち、メリッサの指示に従って薬草水を用意する。
昨日のような重さは、もうほとんどない。
処置室には銀環堂の仮設遮断具が置かれ、水瓶と包帯棚には小さな記録盤がつけられている。まだ正式設置ではないが、外部からの干渉はかなり防げているらしい。
最初の患者は、荷運び中に腕を擦りむいた若い男だった。
彼はミラを見るなり、少し身構えた。
「あんたが、白い術式の……?」
ミラは穏やかに答えた。
「ミラ・コックスです。今日は薬草水で傷を洗って、包帯を巻くだけです。白い術式は使いません」
「使わないのか?」
「必要がありませんから」
若い男は少し拍子抜けしたような顔をした。
ミラは傷を確認し、メリッサへ報告する。
「浅い擦過傷です。砂が少し入っています。水で洗って、炎症止めの薬草を薄く塗れば大丈夫だと思います」
「判断は妥当です」
メリッサが頷く。
「では、やってみてください」
ミラは丁寧に傷を洗った。
薬草水は澄んでいる。
包帯も白い。
当たり前のことが、今は少し嬉しかった。
処置が終わると、若い男は腕を見下ろし、ぽつりと言った。
「普通だな」
ミラは思わず瞬いた。
「はい。普通の処置です」
「いや、通達じゃもっと……なんか、怖い術を使うみたいに言われてたから」
処置室にいた者たちの空気が変わる。
ミラは少しだけ困ったように笑った。
「怖い術は使えません。私は治療師なので」
男は気まずそうに頭を掻いた。
「……ありがとな。痛み、だいぶ引いた」
「お大事に」
そのやり取りを、エリオットは静かに記録していた。
患者本人の発言。
処置内容。
白花反応使用なし。
経過良好。
小さな記録。
けれど、こういうものが積み重なっていく。
午前中に、ミラは五人の軽傷患者を診た。
どれも大きな治療ではない。
切り傷。
火傷。
足首の軽い捻り。
薬草茶の調整。
古傷の痛みの相談。
ミラは白花の力を使わなかった。
ただ、普通の旅治療師として丁寧に診た。
だが、それがかえって治療院の人々には印象的だった。
通達が言うような不審な術者ではない。
患者を煽るわけでもない。
奇跡を振りかざすわけでもない。
ただ、よく見て、よく聞き、慎重に処置する治療師だった。
昼前、薬師見習いの一人が、こっそりメリッサに言った。
「あの人、普通にちゃんとした治療師ですね」
メリッサは小さく頷いた。
「そうね。少なくとも、通達の文面よりはずっと信用できる」
その声は、ミラにも届いた。
ミラは少しだけ目を伏せた。
胸の奥に、温かいものが広がった。
昼休み、院長室では今後の報告について話し合いが行われた。
院長は役所へ出すための文面を読み上げる。
「エルダント治療院は、院内設備に外部干渉と見られる異常を確認。銀環堂および魔道具職人オリヴァー・コックス一行の協力により、媒介を回収。補助者ミラ・コックスについては、患者への不審行為なし。治療院の管理下において、通常治療補助を行った」
セリアが頷いた。
「事実に沿っています」
イザークが横から言う。
「外部干渉遮断具の仮設置についても入れておけ。役所の許可を取る形にすれば、向こうも後から文句を言いにくい」
「見積書も添えますか?」
セリアが真顔で言う。
院長は苦笑した。
「添えてください。どうせ必要になる」
「では、処置室、薬草倉庫、古井戸、包帯棚、水瓶保管棚。五箇所分で作ります。最低限です」
「最低限でこの量か……」
「患者を守るには安いです」
セリアはきっぱり言った。
イザークは満足そうだった。
「いい売り文句だ」
「売り文句ではなく事実です」
「なおさらいい」




