治療院からの依頼 1
翌朝、エルダント治療院の入口には、いつもより多くの人が集まっていた。
昨日の夕方に貼り出された一枚の告知が、街の人々の関心を引いたのだ。
――院内設備の異常確認および外部干渉の遮断処置を実施。
――銀環堂、魔道具職人オリヴァー・コックス、補助者ミラ・コックスの協力を得た。
その文面を、通りがかる者たちが足を止めて読んでいく。
「ミラ・コックスって、あの通達の治療師だろ?」
「危険人物だって聞いたけど、治療院が協力者って書いてるぞ」
「昨日、処置室が使えなかったのはそのせいか?」
「黒い仕掛けがあったって、薬師見習いが言ってた」
噂は、まだ小さな波だった。
けれど確かに、街の中を流れ始めていた。
ミラは、治療院の前で一度足を止めた。
昨日までとは、視線の質が違う。
警戒だけではない。
好奇心。
困惑。
そして、少しの期待。
その期待が、ミラの胸を少し重くした。
「ミラ」
半歩後ろに立つエリオットが、低く声をかける。
「見るのは患者だけでいい」
ミラは小さく息を吐いた。
「はい」
「街全体の目を背負うな」
「……はい」
そのやり取りを聞いていたセリアが、横から淡々と言った。
「背負おうとした場合は、私も止めます」
ミラは少しだけ瞬いた。
「セリアさんもですか」
「はい。過積載は事故の原因です」
あまりに事務的な言い方に、ミラは思わず小さく笑った。
エリオットも、ほんのわずかに口元を緩めた。
院長室には、院長ハーヴェイと薬師長メリッサが待っていた。
机の上には、昨日回収された媒介の記録、治療院内の配置図、患者経過の一覧、そして役所へ提出する予定の報告書が並べられている。
院長はミラたちが入ると、深く頭を下げた。
「昨日は、当院を救っていただきました」
ミラは慌てて首を横に振る。
「私は見えたことを言っただけです。解除したのは父やセリアさんたちで」
「それでも、あなたが見つけた」
メリッサが静かに言った。
「水の曇りも、包帯の染みも、私たちは異常だとは分かっていました。でも、それがどこへ繋がっているのかまでは分からなかった」
ミラは言葉に詰まった。
院長は椅子を勧め、自分も腰を下ろす。
「本日は、正式にお願いがあります」
その言葉に、部屋の空気が少し引き締まった。
「ミラ・コックスさん。当院はあなたに、補助治療師としての協力を依頼したい」
ミラは目を見開いた。
「私に、ですか」
「はい。ただし、通達が消えたわけではありません。役所の目もあります。ですから、当面は条件付きです」
院長は用意していた書面を差し出した。
「患者への接触は、院長または薬師長の許可がある場合のみ。白い術式、あるいは白花反応を使用する際は、治療院側の記録係と、あなた方の記録係を同席させる。設備、水、薬草、包帯に異常があった場合は、銀環堂および治療院の共同確認とする」
セリアが書面に目を通す。
「悪くありません。曖昧な部分も少ないです」
院長は少し苦笑した。
「あなたにそう言われると、安心していいのか分かりませんね」
「安心していいです。褒めています」
イザークが隣で肩を揺らした。
オリヴァーは書面を確認してから、ミラを見る。
「ミラ、どうする?」
ミラは紙面へ視線を落とした。
治療院で手伝える。
それは、エルダントへ来る前に考えていたことだった。
けれど今は、その意味が変わっている。
ただ患者を診るだけではない。
自分の力を記録される。
街の人々の目に触れる。
通達とは違う事実を積み上げる。
怖くないわけではなかった。
でも、昨日見た治療院の空気を思い出す。
鈍らされた水。
灰色に染まった包帯。
患者の治りを測定材料のように扱う罠。
あれを見た後で、背を向けることはできなかった。
「……お受けします」
ミラは静かに言った。
「ただ、無理に白花の力を使うつもりはありません。まずは普通の治療師として、できる範囲でお手伝いします。それで必要があれば、記録を取った上で確認します」
メリッサの表情が少し和らいだ。
「それで十分です。むしろ、そう言ってくれる方がありがたい」
院長も頷く。
「では、本日より三日間、試験的に補助治療師として協力をお願いします。その経過を見て、役所へ正式な報告を出します」
監視役が部屋の隅で何か言いたげにしたが、セリアがすでに記録板を構えていたため、結局口を閉じた。




