逃げた黒い影 4
治療院では、古井戸の方向へ伸びていた線が突然切れた。
セリアがすぐに叫ぶ。
「受信線、切断。方向は西北。時計塔方面」
エリオットが記録帳へ書き込む。
「時刻、第三点解除直後。受信線が西北へ切断」
オリヴァーの表情が険しい。
「向こうが気づいた」
「追えますか」
院長が言う。
イザークが即座に扉へ向いた。
「追う。レオンを呼ぶ」
「レオン?」
ミラが聞き返す。
イザークは短く言った。
「護衛候補だ。足と目が利く」
ダリオが即座に立ち上がった。
「俺も行く」
エリオットも動きかけたが、ミラの隣で止まった。
右手。
密偵。
そしてミラの消耗。
今、自分が街中を走るべきではない。
エリオットは悔しさを飲み込み、低く言った。
「俺は残ります。ミラと治療院側の護衛を」
ダリオが一瞬だけ彼を見た。
それから、短く頷く。
「正しい」
セリアは迷わず白石布の束を掴んだ。
「私も行きます。破片が残っていれば、触らず回収できます」
オリヴァーも続く。
「私も行く。イザーク、案内を」
イザークは頷いた。
「院長、ここはまだ終わっていない。四点目と出口の封印は戻ってからだ。患者を入れるな」
「分かりました」
ミラは顔を上げる。
「私は」
「残る」
エリオットが即座に言った。
「今、君が動けば、仕掛けた相手の思う壺になる」
ミラは唇を噛んだ。
けれど、頷いた。
「はい」
時計塔へ向かったのは、オリヴァー、セリア、イザーク、ダリオ。
そして途中で合流した男が一人。
背の高い、三十代半ばほどの男だった。短く刈った黒髪に、使い込まれた革鎧。腰の剣は華美ではなく、よく手入れされている。
「レオン・ハイムだ」
イザークが紹介する。
「魔道具護送を何度も任せている。口は堅い。足は速い。余計なことは聞かない」
レオンは軽く顎を引いた。
「聞くべきことだけ聞く。逃げた相手は術師か」
「おそらく」
セリアが答える。
「黒系媒介。受信線切断。時計塔方面」
「なら、正面から入るな。裏階段がある」
レオンは即座に言った。
イザークが目を細める。
「知っているのか」
「昔、荷運びの護衛で使った。あの塔は表より裏が抜けやすい」
ダリオが短く言う。
「先に行け」
レオンは頷き、走り出した。
その足取りに迷いはない。
ダリオは後ろから見て、低く呟いた。
「悪くない」
時計塔の上階は、すでに空だった。
だが、完全には片づけられていない。
机の上には焦げた術式紙の灰。
床には黒い記録盤の小さな破片。
棚の裏には、透明樹脂片の予備が一つ落ちていた。
そして床に、治療院の簡易図。
水瓶。
包帯棚。
換気口。
治療台。
乾燥棚。
古井戸。
全てに印がついている。
セリアはその場で膝をつき、白石布を広げた。
「触らないでください。破片を写します」
オリヴァーは焦げた術式紙を見た。
「サリアの媒介と同系統だ。ただし……接続が荒い」
「セヴラン本人ではない?」
イザークが問う。
「断定はできないが、違う可能性が高い。理論は精密だが、感情的な手直しが入っている」
セリアが樹脂片を白石布へ落としながら言った。
「治療院の乾燥棚にあったものと同じ素材です。偽白反応の予備」
レオンは窓辺を見ていた。
「裏階段から逃げている。足跡は軽い。荷は少ない。慌てていたな」
ダリオが床の傷を見た。
「机を蹴った跡がある」
「逃走に慣れた奴だが、冷静ではなかった」
レオンはそう言って、窓の外を見る。
「追うか」
イザークは少し考え、首を横に振った。
「深追いはしない。証拠を持ち帰る」
ダリオも頷いた。
「正しい。誘い込まれる可能性がある」
セリアは破片を封じながら言った。
「十分です。犯人は近くにいた。治療院を測定していた。受信線に気づいて逃げた。証拠も残した」
オリヴァーは黒い記録盤の破片を見つめた。
「そして、ミラの白花反応を測ろうとしていた」
その言葉に、部屋の空気が少し冷えた。




