↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
248/354

逃げた黒い影 3

 その頃、エルダントの古い時計塔の上階で、若い男が黒い記録盤を見つめていた。

 エルネスト・ヴィダル。セヴラン系の研究員。

 エルネストは見た。

 水瓶の反応が消えた。

 包帯棚の反応も、薄れている。

 そこまでは想定していた。

 しかし、次の瞬間、記録盤の縁に白い霧のようなものが走った。

 受信線に、何かが絡んだ。

「逆写し……?」

 エルネストは目を見開いた。

 ただ解除するだけではない。

 こちらの受信線を読もうとしている。

 彼の指先に力がこもる。

「そんなはずがない。治療師にそんな技術はない。あの職人か? いや、あの女技術者か」

 盤面の一部が白く滲む。

 このままでは、受信方向を辿られる。

 エルネストは奥歯を噛みしめた。

「先生の術式を、逆に読むなど……」

 怒りが湧く。

 だが同時に、冷たい焦りもあった。

 彼は記録盤の脇に仕込んだ切断符へ手を伸ばした。

 まだ早い。

 第三点を見たい。

 白花が偽の白をどう避けるのか。

 そこまで見なければ、成果にならない。

「まだ……まだ切らない」

     

 三つ目は、治療台だった。

 脚の裏に貼られた黒木札は、小さく、薄く、見逃されることを前提に作られていた。

 ここには偽の白はほとんどない。

 代わりに、灰色の重みが強い。

「ここは測るというより、引き止める場所です」

 ミラは言った。

「患者さんの流れが治療台に残るようにしている。次の患者さんの治療にも、前の鈍りが重なる」

 院長の顔色が変わった。

「治療台を通じて、患者の反応を蓄積していたのか」

 オリヴァーが頷く。

「測定台の役割もあったのでしょう」

 薬師長が低く言った。

「許せない」

 その声には、治療者としての怒りが滲んでいた。

 ミラは治療台に触れない。

 ただ、その上で本来行われるべき治療の流れを見る。

 患者が横たわる。

 治療師が傷を見る。

 薬師が薬を差し出す。

 包帯が守る。

 そこにあるべきなのは、記録のための冷たい目ではない。

 治そうとする手と、治ろうとする身体だ。

「ここは、外へ返します」

 ミラは言った。

「残す場所じゃありません」

 白花の光が、治療台の端から床へ流れる。

 その光に押されるように、灰色の重みが木札へ集まった。

「今」

 オリヴァーが切る。

 イザークが受ける。

 セリアが乾燥棚の逆写しを強める。

 その瞬間、古井戸へ伸びる線が大きく震えた。

「来ます」

 セリアが叫ぶ。

「受信側が反応しています」

     

 時計塔で、エルネストの記録盤が白く弾けた。

 彼は思わず手を引く。

 指先が焼けるように痛んだ。

「逆流させてきた……!」

 盤面の線が、古井戸から時計塔の方角へ伸びる。

 まずい。

 方向が残る。

 エルネストは切断符を叩きつけた。

 黒い線が裂ける。

 記録盤の一部が割れた。

 だが、遅かった。

 白い霧が一瞬だけ盤面をなぞり、彼の術式の癖を写し取った。

 エルネストは机を蹴った。

「くそっ……!」

 怒鳴りたい衝動を飲み込み、急いで記録盤を布に包む。だが割れた破片までは拾いきれない。

 術式紙を火にくべる。

 予備の樹脂片を袋へ入れる。

 黒蜜の小瓶を掴む。

 しかし、棚の端に置いていた治療院の配置図が床へ落ちた。

 拾う時間はない。

 外から鐘の音が聞こえる。

 彼は外套を羽織り、裏階段へ向かった。

「まだ終わっていない」

 低く呟く。

「まだ、第三層は残してある」

     


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。