測定罠の第二層 3
院長室へ戻ると、作戦が整理された。
今日分かったこと。
一、昨日の四点は処置室を囲む外側の罠。
二、薬草倉庫の乾燥棚に、白系反応を偽装した樹脂片がある。
三、その樹脂片は四点の反応を外へ逃がす出口。
四、中庭の古井戸に受信跡がある。
五、仕掛けた者は、白花反応や治療魔法の動きを測ろうとしている可能性が高い。
メリッサは怒りを抑えるように拳を握っていた。
「患者の治療を利用したのなら、許せません」
院長も同じ顔だった。
彼はミラを見る。
「ミラさん」
「はい」
「昨日まで、私は通達のため、あなたを治療院に入れることをためらっていました」
ミラは緊張する。
「その判断が間違いだったとは、まだ言い切れません。院長として慎重であるべき立場ですから」
「……はい」
「ですが、少なくとも今、問題を見つけているのはあなた方です」
院長は監視役を一瞥した。
「明日の調査には、治療院として正式に協力します。必要な部屋の使用停止、患者動線の変更、薬草と水の隔離。こちらでできることは行います」
ミラは胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです。まだ、解決したわけではありませんが」
セリアが頷いた。
「そこは重要です。まだ解決していません。今日の成果は、“罠が複合型で、受信跡があると分かったこと”です」
イザークが苦笑した。
「君は本当に締めるな」
「締めないと事故になります」
セリアの返答は即座だった。
銀環堂へ戻った後、セリアは白石布を作業台に広げた。
昨日の四点。
今日の乾燥棚。
古井戸の受信跡。
六枚の反応写しを重ねると、薄い灰色の輪と、そこから外へ伸びる細い線が浮かび上がった。
線の先は、井戸で途切れている。
その先はまだ分からない。
「受信先は、治療院の外ですね」
エリオットが言った。
「おそらく」
セリアは反応写しをじっと見た。
「でも、今の段階で追うのは危険です。こちらが受信に気づいたと相手に知らせることになる」
オリヴァーも頷く。
「明日はまず治療院内の罠を無効化する。外へ逃げる線は、切る前に封じる。受信先はその後だ」
「外へ逃がさないように、井戸の側に遮断布を張ります」
セリアが言う。
「四点の解除順は?」
「たぶん、水瓶、包帯棚、治療台、換気口の順」
ミラは図を見ながら言った。
「でも、乾燥棚の樹脂片を最後まで残すと、灰色が集まります。だから……二番目と三番目の間に、樹脂片の出口だけ閉じる?」
セリアが目を細めた。
「感覚で言っています?」
「はい」
「いいです。あとで理屈をつけます」
ミラは少しだけ笑った。
この人は厳しいけれど、ミラの感覚を否定しない。
ただ、感覚をそのまま放置しない。
記録にして、手順にして、誰かが再現できる形へ変えようとしてくれる。
「明日は、ミラさんの白花反応を少し使うことになると思います」
セリアが言った。
「ただし、こちらが指定した場所で、指定した時間だけ。黒は掴まない。流れを見るだけ」
「はい」
「エリオットさんは記録と制止」
「分かっています」
「オリヴァーさんは切断。店主は封印補助。私は反応写しと遮断布。院長と薬師長は証人兼治療院側の責任者。監視役には発言記録」
セリアは全員の役割を書き出した。
「これでようやく、明日解除に入れます」
その夜、エルダントの外れにある古い時計塔の上階で、若い男は黒い記録盤を睨んでいた。
昨日より白い反応が少ない。
いや、少ないのではない。
意図的に抑えられている。
盤面には四点の輪、乾燥棚の出口、井戸の受信跡が浮かび上がっている。しかも井戸の線に、白い霧のような遮断の兆候がかかり始めていた。
気づかれた。
第二層まで読まれた。
男の指が、盤面の縁を強く掴む。
「なぜだ……」
声に苛立ちが滲む。
「なぜ、一日で外さない。なぜ、黒を掴まない。なぜ、出口を見る」
彼が想定していた白花の治療師は、もっと感情的に動くはずだった。
患者のために焦り、黒を払おうとし、反応を大きく出すはずだった。
だが実際には、あの治療師は慎重だった。
そして、周囲がさらに厄介だった。
職人。
技術者。
退役騎士。
全員が、あの白い力を暴走させないように支えている。
「先生の術式を……」
男は低く呟いた。
「まだ、第二層だ。明日、出口を閉じれば分かる」
彼は記録盤に指を置いた。
治療院の罠は、まだ完全には解かれていない。
そして、罠にはもう一つだけ、彼が仕込んだ意地が残っている。
白花が流れを戻すなら。
その戻る道に、偽の白を混ぜればどうなるか。
男は唇を引き結んだ。
「明日だ」
エルダントの夜風が、時計塔の窓を微かに鳴らした。




