測定罠の第二層 2
まず確認したのは、昨日の四点だった。
水瓶。
包帯棚。
換気口。
治療台。
反応は昨日と同じく弱い。
だが、セリアが四点の反応写しを白石布に重ねると、薄い灰色の輪が浮かび上がった。
治療台を中心に、患者の処置動線を囲む輪。
ミラには、それが閉じた輪ではなく、どこか一箇所から外へ細く逃げているように見えた。
「ここです」
ミラは配置図の端を指した。
「輪が閉じていません。ここから、流れが抜けています」
そこは薬草倉庫の奥、中庭へ続く小さな扉の近くだった。
メリッサが言う。
「そこには乾燥棚があります。薬草を干すための」
「見せてください」
オリヴァーが言った。
監視役はすぐに反応する。
「予定の確認箇所に入っていない」
セリアが顔も上げずに返した。
「昨日の調査で薬草倉庫は確認範囲に含めています。乾燥棚は薬草倉庫の一部です」
「だが、中庭は」
「まだ中庭へ出るとは言っていません」
セリアは記録板に書き込む。
「監視役、薬草倉庫内の乾燥棚確認に異議。理由は確認範囲外とのこと。院長、確認許可をお願いします」
院長は少し迷い、しかしすぐ頷いた。
「許可します。薬草の保管に関わる場所です」
監視役は悔しげに黙った。
乾燥棚は、中庭に面した明るい場所にあった。
薄い布をかけられた薬草束が吊るされ、乾いた香りがする。
一見、異常はない。
だがミラは、棚の下に立った瞬間、喉元に小さな違和感を覚えた。
息が詰まるほどではない。
ただ、空気が一拍遅れて流れてくる。
「ここ、少しだけ遅いです」
「遅い?」
メリッサが聞く。
「薬草の香りが流れるのが、遅れています」
セリアは棚板の裏を覗き込んだ。
「……ありました」
彼女が細い鏡で示したのは、棚の支柱の裏側だった。
そこに、小さな透明な樹脂片が貼りついていた。
黒くない。
むしろ琥珀色に近い。
ミラはそれを見た瞬間、サリアの黒い木札とも銅片とも違う嫌な感じを覚えた。
「黒くありません」
「黒を隠しているんだ」
オリヴァーが低く言った。
「外側は透明樹脂。中に黒粉を練り込んでいる」
セリアが反応針を近づける。
針先は黒くならなかった。
代わりに、一度白く曇り、その後で灰色に沈んだ。
「……反応を偽装しています」
セリアの声が硬くなる。
「普通の黒系媒介なら針先が曇るか黒変します。でもこれは一度白く逃がしてから灰色に落ちる。白系反応を混ぜてあります」
ミラは息を呑んだ。
「白系……?」
オリヴァーの表情が険しくなった。
「白花の反応を測るために、あえて似た波を混ぜているのかもしれない」
エリオットが図を見た。
「昨日の四点は外側。ここが、反応を外へ逃がす出口ですか」
「その可能性が高い」
セリアは樹脂片には触れなかった。
「これを先に外したら?」
メリッサが尋ねる。
「たぶん、四点の輪が閉じます」
セリアは即答した。
「治療院内の鈍りが一時的に強くなるかもしれません」
院長の顔色が悪くなる。
「では、どうすれば」
「今日は外しません」
オリヴァーが言った。
「外す順番を読む必要があります。昨日、四点を外さなかったのは正解だった。もし先に水瓶や包帯棚を外していたら、この出口に反応が集まった可能性がある」
ミラは胸元の白花のペンダントを握った。
昨日、黒を掴まなかったこと。
それは本当に正解だったのだ。
調査はさらに続いた。
乾燥棚の樹脂片を見つけたことで、配置図は変わった。
四点が処置室を囲み、その反応が薬草倉庫の奥へ逃げる。
そこから中庭へ。
中庭には、古い井戸があった。
今は治療院の主な水源ではない。昔使われていたが、現在は薬草の水やり程度にしか使わないという。
ミラは井戸を見た瞬間、足を止めた。
井戸そのものは清潔だった。
蓋も閉じられている。
けれど、底の方に薄い灰色の膜がある。
水ではない。
記録のようなもの。
「ここ……見ています」
ミラの声は小さかった。
エリオットがすぐに半歩近づく。
「誰が?」
「分かりません。でも、ここから処置室の反応を見ている感じがします」
セリアはすぐに井戸の石枠を調べた。
「直接の媒介はありません」
イザークが反応針をかざす。
「弱い。ほとんど残り香だ」
オリヴァーが井戸の縁に手を触れず、じっと見た。
「本命はここではない。ここは受信跡だ」
「受信……」
院長が呟く。
オリヴァーは慎重に言葉を選んだ。
「治療院内の反応が、ここを経由して外へ抜けている可能性があります。つまり、仕掛けた者は、ここに来なくても反応を拾える」
メリッサの顔が怒りに染まる。
「患者の治療を、覗いていたということですか」
「可能性です」
セリアが言った。
「でも、かなり嫌な可能性です」
ミラは井戸を見つめた。
見られている。
朝から感じていた違和感は、これだったのかもしれない。
白花の反応を見られている。
治療院の治癒魔法を見られている。
患者の回復の遅れすら、測る材料にされている。
胸の奥が冷たくなる。
その時、エリオットの声がした。
「ミラ、見るのをやめろ」
はっとして顔を上げる。
自分でも気づかぬうちに、井戸の奥を見つめすぎていた。
「すみません」
「謝らなくていい。戻れ」
「はい」
ミラは一歩下がった。
セリアがすぐに白石布を畳む。
「今日はここまでです」
監視役が目を見開いた。
「まだ解除していない」
「だからです」
セリアは冷たく言った。
「今ここで解除に移れば、仕掛けた相手にこちらの手順を見せるだけです。今日は構造を読み、患者の動線を変え、反応を遮る準備をする。解除は明日以降です」
院長はしばらく黙り、それから深く頷いた。
「分かりました。患者を使わせるわけにはいかない。こちらも協力します」




