測定罠の第二層 1
翌朝、エルダントの空は薄く曇っていた。
運河の水面には、淡い灰色の光が揺れている。船着き場では荷運び人たちが声を掛け合い、街はいつも通り動き始めていたが、ミラの胸元にある白花のペンダントは、朝からわずかに熱を持っていた。
昨日より、少し強い。
それが嫌だった。
サリアの祠のように、助けを求める温かさではない。もっと薄く、もっと乾いていて、まるで遠くから試されているような気配だった。
「顔色が悪い」
食堂で向かいに座ったエリオットが、静かに言った。
「眠れなかったわけではないです」
「なら、何が気になる?」
「白花の反応が、昨日より少し強いです。でも……サリアの時とは違います」
ミラは胸元に手を当てた。
「助けてほしい、というより、見られている感じがします」
エリオットの目が細くなる。
「測定罠、か」
「たぶん」
そこへ、セリアが食堂へ入ってきた。
今日も革手袋をはめ、腰には反応針と白石布の筒、さらに小型の記録盤を下げている。二十八歳の技術者らしい落ち着いた足取りで、席につくなり言った。
「いい反応です」
ミラは思わず瞬いた。
「いいんですか?」
「怖がる必要はあります。でも、昨日と違うと分かっているなら十分です。罠を見る時に一番困るのは、全部同じに見えることですから」
セリアは平然と水を飲んだ。
「今日は昨日の四点を外しません。まず繋がりを読みます」
オリヴァーも頷いた。
「解除はまだ先だ。今日は第二層を見る」
「第二層……」
ミラが呟く。
セリアが記録板を開いた。
「昨日見つけたのは、水瓶、包帯棚、換気口、治療台の四点。でも、あれが本当に四点だけで動いているとは限りません。むしろ、四点は見せるための外側かもしれない」
エリオットが静かに言う。
「囮ですか」
「可能性はあります」
セリアは頷いた。
「仕掛けた者が、ミラさんの反応を見るつもりなら、見つかることも計算に入れているはずです。だから今日は、“見つけさせられたもの”と“隠されているもの”を分けます」
ミラはゆっくり息を吐いた。
黒を掴まない。
戻る道を見る。
そして今日は、見せられているものに飛びつかない。
治療院に着くと、院長ハーヴェイ・ロスと薬師長メリッサ・グレイはすでに待っていた。
昨日よりも、二人の態度は少しだけ柔らかい。
警戒が消えたわけではない。だが、ミラたちを「通達に書かれた危険人物」としてだけ見ている目ではなかった。
「昨日の処置後、灰色染みの出た包帯は隔離しました。使用する処置室も変更しています」
メリッサが報告する。
「患者への影響は?」
オリヴァーが尋ねると、院長が答えた。
「新しい水と包帯を使った患者は、今朝の経過が少し良い。とはいえ、まだ判断するには早いですが」
「十分です」
セリアが言った。
「効果が少し戻るなら、昨日の四点は治療機能に干渉していた可能性が高い」
監視役が苦い顔をした。
「まだ可能性の話だ」
「その通りです。だから今日も記録します」
セリアはすぐに記録板へ書いた。
「役所監視役、可能性の段階であると指摘。確認済み」
監視役は口を閉じた。
ミラはその横で、治療院の空気を見ていた。
昨日より少し流れが軽い。
使用停止にした処置室から患者を遠ざけたことで、灰色の薄布のような鈍りが院内全体へ広がる速度が落ちている。
けれど、完全には止まっていない。
むしろ、奥の方で細い線が動いている。
「昨日より、流れの線が見えやすいです」
ミラは言った。
「患者さんを別室に移したから、邪魔な流れが減っています。でも、奥にまだ……細い筋があります」
セリアがすぐに反応した。
「方向は?」
「処置室から薬草倉庫へ。そこから……中庭の方へ?」
院長が眉を寄せた。
「中庭?」
エリオットは昨日描いた配置図に、ミラの言葉を書き込む。
「四点の内側から外へ抜ける線があります。昨日は見えていませんでした」
セリアは低く言った。
「第二層ですね」
《更新スケジュールの変更について》
いつもご購読ありがとうございます。
現在平日2話、土日3話ずつ更新している投稿スケジュールを次話から変更いたします。
【平日*7:00/土日*7:00と19:30 に1話ずつ投稿】
投稿ペースが落ちてしまいますが、まだまだミラとエリオットたちの旅は続いていくのでのんびり更新を楽しみにしていただけたらと思います。
これからもよろしくお願いいたします。




