治療院の灰色 2
最初に確認したのは、消毒水だった。
薬師長メリッサが、透明な瓶を机に並べる。
「こちらが昨日汲んだ水。こちらが今朝取り替えたものです。どちらも煮沸してあります。でも、数時間で底が曇る」
ミラは瓶に手をかざした。
触れない。
見るだけ。
水の中に、うっすらと灰色の影が沈んでいる。
毒ではない。腐敗でもない。
水が汚れているというより、何かに“鈍らされている”感じだった。
「サリアの水とは違います」
ミラは小さく言った。
「サリアは流れが曲げられていました。でも、これは……薄い布をかけられているみたいです。水が見えにくくなっている」
薬師長が眉を寄せる。
「見えにくい?」
「水の力が、患者さんの傷へ届く前に弱くなるような……」
監視役が何か言いかけたが、セリアが先に記録する。
「補助者ミラ、水の反応を“薄布状の鈍化”と表現。患者接触なし。治療行為なし」
監視役は口を閉じた。
オリヴァーが反応針を近づける。
針先は黒くならない。
ただ、薄く曇った。
「弱いな」
「弱すぎます」
セリアがすぐに言った。
「これだけなら、ただの管理不良か水路の濁りで片づけられる程度です。でも、通達直後の治療院でこの反応。嫌な弱さです」
イザークが頷く。
「強い反応なら誰でも気づく。弱いから放置される」
エリオットは瓶の位置を見た。
「この消毒水は、どこで使いますか」
薬師長が答える。
「軽傷処置室と、奥の治療台です」
エリオットは治療院の簡易図を描き始めた。
「位置を確認します」
次は包帯棚だった。
白い包帯の一部に、灰色の染みが浮いている。
ミラはその前に立った瞬間、胸元の白花のペンダントがわずかに温かくなるのを感じた。
「ここにもあります」
セリアが棚板の奥へ細い鏡を差し込む。
「棚の裏に何か貼られている?」
薬師長が驚いた。
「昨日掃除した時には、何も」
「奥の影になっている部分です。普通に開けただけでは見えません」
セリアは触れずに反応針を近づけた。
針先が、また薄く曇る。
黒変はしない。
「弱い」
ロアンがいればそう言っただろう、とミラは思った。
代わりにセリアが言った。
「水瓶と同じ程度。単体なら見逃す強さです」
オリヴァーが鏡越しに確認する。
「黒糸ではない。黒粉を混ぜた封蝋か」
「外しますか?」
薬師長が尋ねる。
オリヴァーは首を横に振った。
「今日は外しません」
「なぜです」
院長が問う。
「一つだけ外すと、他の仕掛けが反応する可能性があります。まず全体像を読みます」
監視役が顔をしかめる。
「仕掛けと断定するのか」
セリアが淡々と返した。
「断定ではありません。仮説です。ですが、水瓶と包帯棚、二箇所に同じ系統の弱反応があります。設備確認としては、全体確認が必要です」
エリオットが記録帳から顔を上げた。
「そして、今外して異常が広がれば、誰が外す許可を出したかが問題になります」
監視役はまた黙った。
三箇所目は、薬草倉庫の換気口だった。
ここでは、ミラより先にセリアが異変を見つけた。
「空気の流れがおかしい」
「分かるのかい?」
イザークが問う。
「薬草紙の揺れ方が不自然です。入口の風ではなく、換気口の内側で引っかかっています」
セリアは踏み台に乗り、換気口の格子を覗く。
その横で、ミラも流れを見た。
薬草の香りが本来なら室内を柔らかく巡るはずなのに、換気口のところで薄く曇っている。まるで薬草の力が部屋から出る前に少し削られているようだった。
「ここも、鈍っています」
ミラが言う。
オリヴァーは反応針をかざした。
やはり薄く曇るだけ。
セリアが低く言った。
「三箇所。水瓶、包帯棚、換気口。配置が散りすぎています」
エリオットは簡易図へ印をつけていた。
「散っているように見えて、患者の動線を囲んでいます」
全員の視線がエリオットへ集まる。
彼は左手で図を回した。
「入口から処置室へ。水瓶。包帯棚。薬草倉庫。奥の治療台。この流れで患者は処置を受ける。今見つかった三箇所は、その動線の外側にある」
セリアが図を覗き込む。
「囲みですね」
「おそらく」
ミラは息を呑んだ。
「じゃあ、治療台にも」
オリヴァーが頷く。
「確認しよう。ただし、触れない」




