↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
240/282

治療院の灰色 1

 エルダント治療院は、運河から一本奥へ入った石造りの建物だった。

 白い壁に青い屋根。中庭には薬草が植えられ、入口には患者や家族が数人、順番を待っている。

 けれど、空気は重かった。

 人の出入りはある。治療師も薬師も働いている。だが、どこか落ち着かない。清潔であるはずの治療院に、薄い曇りがかかったような違和感があった。

 ミラは、入口で一度足を止めた。

 胸元の白花のペンダントが、ほんの少し温かい。

「反応があります」

 小さく言うと、すぐ隣のエリオット・バーンスタンが視線だけを向けた。

「強いか」

「いいえ。サリアほどではありません。でも、院内の空気が……少し重いです」

「無理に見ようとするな」

「はい」

 前を歩くセリアが、振り返らずに言った。

「今日のミラさんは治療師ではなく、職人補助です。患者に触れない。水と布と薬草を見る。そこからはみ出しそうになったら、私が止めます」

 ミラは瞬いた。

「セリアさんが?」

「はい。止める人は多い方がいいでしょう」

 淡々とした声だった。

 けれど冷たくはない。

 年は二十八。ミラよりずっと大人で、エリオットより少し上。革手袋と工具入れがよく似合うその姿には、若さよりも現場慣れした落ち着きがあった。

 オリヴァーが小さく笑う。

「頼もしいね」

「頼もしいだけで済めばいいですが」

 セリアは治療院の扉を見る。

「曖昧な通達、曖昧な異常、曖昧な責任。私が一番嫌いな組み合わせです」

     

 院長室には、すでに人が揃っていた。

 エルダント治療院院長、ハーヴェイ・ロス。白髪交じりの痩せた男性で、疲れた顔をしている。

 薬師長のメリッサ・グレイ。四十代ほどの女性で、目の下に濃い隈があった。

 銀環堂の店主イザーク・ベルン。

 オリヴァー、ミラ、エリオット、セリア。

 そして、役所から派遣された監視役が二人。

 院長はまず、オリヴァーに頭を下げた。

「来ていただき、感謝します」

「設備確認として伺いました」

 オリヴァーは丁寧に返す。

「こちらのミラは、私の補助として反応を確認します。患者には触れません」

 監視役がすぐに言った。

「治療行為は認められていない」

 セリアが、持っていた記録板にすらすらと書き込む。

「役所監視役、治療行為は認められていないと発言。確認しました」

 監視役は眉をひそめた。

「何を書いている」

「記録です。設備確認における発言記録。必要でしょう?」

 セリアは顔色ひとつ変えない。

「後から“誰が何を許可し、何を禁じたか分からない”となるのが一番危険です。私はそういう事故を知っています」

 その声に、少しだけ硬いものが混じった。

 ミラは横顔を見る。

 セリアの表情は変わらない。けれど、その言葉には実感があった。

 イザークが小さく息を吐く。

「セリアの父親は、昔、封印具の事故に巻き込まれた。原因は危険物そのものではなく、責任の曖昧さだった」

「店主」

「すまん」

 イザークはそれ以上言わなかった。

 セリアも追及しない。

 ただ、記録板を持つ指に少しだけ力が入っていた。

「だから私は、曖昧な許可で危険物を扱いません」

 セリアは監視役を見た。

「本日の作業範囲を確認します。消毒水、包帯、薬草棚、治療台、換気口、保管棚。患者への接触なし。治療魔法なし。異物を発見した場合、素手で触れず、院長と監視役の確認後に封じる。よろしいですね」

 院長が頷いた。

「その条件でお願いします」

 監視役も、渋々頷くしかなかった。

 エリオットは、その一部始終を記録帳に書いていた。

 右手は補助具の中。

 外から見れば、何も変わらない。

     


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。