指が動いたと伝える日 2
午前の診療を終えると、ミラはエリオットの歩行確認を行った。
今日は祠へ続く道の途中、昨日より少し先まで進む。
エリオットは左手に短い杖を持ち、右腕を保護したまま歩いた。足取りは安定している。だが、坂道に差しかかると呼吸が少し深くなり、右手首の護符が淡く熱を帯びた。
「痛みは?」
「三」
「熱は?」
「手首の内側。昨日より少し強いが、肘までは来ていない」
「そこで止まります」
「まだ歩ける」
「止まります」
「……分かった」
エリオットはすぐに従った。
ミラは彼を道端の石に座らせ、右腕の包帯の上から熱を確認する。
少し上がっているが、危険なほどではない。
「休めば落ち着きそうです」
「なら、進めるな」
「休んで戻ります」
「戻るのか」
「今日の目的は、旅の訓練であって旅そのものではありません」
エリオットは不満そうだったが、強くは言い返さなかった。
ミラは鞄から白花を入れた小袋を取り出し、泉の水を数滴垂らした布を右手首に当てた。
護符が淡く光る。
白花と剣の紋が、ほんの少しだけ浮かび上がった。
エリオットはそれを見下ろし、低く言った。
「これも、旅に持っていくんだな」
「はい。泉の水も白花も、量に限りがあります。なので、使う場面は選びます」
「俺が無理をすれば、その分減る」
「そうです」
「……分かりやすいな」
「分かりやすい方がいいと思って」
エリオットは小さく息を吐いた。
「なら、無理はしない」
その言葉に、ミラは少しだけ驚いた。
エリオットが、自分からそう言った。
彼は気づいたのか、ミラを見て眉を寄せた。
「何だ」
「いえ。今の言葉は記録しておこうと思って」
「それは治療記録なのか」
「かなり重要な記録です」
「書くな」
「心の中に記録しておきます」
「それもやめてくれ」
ミラは思わず笑った。
声に出して笑ってから、自分でも少し驚いた。
エリオットも驚いたように彼女を見る。
「……笑うこともあるんだな」
「ありますよ」
「そうか」
エリオットは少しだけ目を細めた。
「悪くない」
ミラは急に頬が熱くなった。
「な、何がですか」
「今の」
「今の?」
「笑っていた」
ミラは視線を逸らした。
「歩行確認中です。雑談は控えめに」
「君から笑ったんだろう」
「戻ります」
「逃げたな」
「戻ります」
エリオットの口元が、わずかに緩んだ。
その表情を見て、ミラはまた胸が落ち着かなくなる。
だから、帳面を強く抱えた。
患者の状態が良いからだ。
たぶん。
きっと。




