出立の支度 3
夕方、ミラはエダの家を訪ねた。
ライヘルからの手紙を見せることはしなかったが、村を出る準備を始めるつもりだと伝えた。
エダは驚かなかった。
「そろそろだと思っていたよ」
「分かっていたんですか」
「あんたたちの周りの空気が、動きたがっているからね」
いつものように曖昧で、不思議な言い方だった。
エダは棚から小さな瓶を三つ取り出した。
祠の泉の水だ。
それから、乾燥させた白花を布袋に詰める。
「持っていきな」
「でも、これは大切なものでは」
「大切だから、必要なところへ行くんだよ」
エダはミラの手に瓶と布袋を握らせた。
「エリオットの腕が熱を持った時、少しずつ使いなさい。使い切ったら、無理をしないこと」
「はい」
「それから」
エダはミラをじっと見た。
「村を出たら、あの子は患者であると同時に、自分の足で進む男になる。守りすぎてもいけないよ」
ミラは言葉に詰まった。
「私は、守っているつもりは」
「治療師はね、時々、治すことと抱え込むことを間違える」
エダの声は柔らかかった。
「エリオットの剣は、あんたが代わりに持つものじゃない。あの子が自分で取り戻すものだ」
ミラは、手の中の瓶を見つめた。
自分が彼を治す。
そう思っていた。
けれど、本当は少し違うのかもしれない。
ミラができるのは、壊れた道を戻すこと。
痛みを見つけること。
進むための手助けをすること。
その先で剣を握るのは、エリオット自身だ。
「……はい」
ミラは静かに答えた。
エダは満足そうに頷いた。
「よろしい」
*
その夜、ミラは診療所で荷物を整理した。
薬草。
包帯。
泉の水。
白花。
魔力結晶。
帳面。
ライヘルからの手紙。
そして、白花と剣の紋を写した古い紙片。
村に来た時より、荷物は少し増えていた。
物だけではない。
謎も。
責任も。
そして、隣を歩こうとしている人も。
窓の外を見ると、エリオットの家に灯りがともっている。
彼もきっと、出立のことを考えているのだろう。
ミラは胸元のペンダントに触れた。
「父さん、兄さん」
小さく呟く。
「私、たぶん少し大変なことに関わっています」
返事はない。
けれど、白い花のペンダントは、ほんのりと温かかった。
ミラは帳面を開き、明日の予定を書き込む。
歩行距離の延長。
右腕の熱確認。
携行荷物の選別。
村長へ出立予定の相談。
エリオットの同行可否の最終判断。
最後に、一行加える。
――患者本人を一番に見ること。
兄の手紙の言葉だ。
ミラはその文字を見つめ、静かに頷いた。
王都の闇は、まだ遠い。
けれど確実に近づいている。
ならば、進むしかない。
エリオットの剣を取り戻す道は、もうこの村の中だけでは終わらないのだから。




