水車村の門前 2
しかし、村の入口で一行は止められた。
橋の手前に簡易の柵が置かれ、二人の衛兵と、役人らしき男が立っていた。
役人は整えられた服を着ていたが、村人ではない。水車村の土にも川の水にも馴染んでいない、役所の匂いがする男だった。
「止まれ」
衛兵が言った。
エリオットが一歩前へ出る前に、オリヴァーが静かに応じた。
「リンドルから来た魔道具職人のオリヴァー・コックスです。こちらは旅治療師のミラ・コックス。サリアの水場と体調不良者の件で」
「聞いている」
役人が遮った。
その声は硬かった。
「現在、サリア水車村は水利監察中だ。外部治療師および無許可の魔道具職人の立ち入りは制限されている」
ミラは目を見開いた。
「制限……?」
「不審な治癒魔法や魔道具が水場へ影響を及ぼす恐れがある。ローヴェル男爵閣下への報告と許可が下りるまで、村内への立ち入りは認められない」
オリヴァーの表情は変わらなかった。
だが、エリオットはその隣でわずかに目を細めた。
ローヴェル男爵。
地方の水利と街道管理に関わる名だ。少なくとも、ここで出てくるには少し早すぎる名だった。
「患者がいると聞いています」
ミラが言うと、役人は冷淡に答えた。
「村には薬草師もいる。必要であれば男爵側が手配する」
「でも、もし黒いものが」
言いかけたミラの肩に、エリオットの声がかかる。
「ミラ」
短い制止。
ミラは息を呑み、言葉を止めた。
ここで黒いものの話をすれば、相手はそれを“不審な術式”として利用するかもしれない。
オリヴァーが穏やかに言った。
「では、村外で待機しましょう。許可が下りるまで、どちらにいればよろしいですか」
「この周辺での待機も認められない。水利監察区域だ。レーンの集落へ戻るように」
ロアンが思わず声を上げかけたが、ダリオが肩を押さえた。
エリオットは低く問う。
「我々の身分確認も必要ですか」
役人の視線がエリオットへ向いた。
「退役騎士と聞いている。後日、身分照会を行う可能性がある」
「承知しました」
エリオットはそれだけを答えた。
反論しない。
剣も抜かない。
けれど、その沈黙は悔しさを含んでいた。
ミラは橋の向こうを見た。
水車の音。
川辺の白い花。
村の屋根。
すぐそこにあるのに、届かない。
胸元の白花は、まだ温かい。
けれど今は、触れることすらできなかった。
レーンの集落へ戻る道は、行きより長く感じられた。
ミラはしばらく黙って歩いていた。
困っている人がいるかもしれない。
水に何かあるかもしれない。
白い花が呼んでいるように感じた。
それでも、入れなかった。
エリオットが隣で言った。
「正面から押し通すべきではなかった」
「分かっています」
ミラは小さく頷く。
「でも……悔しいです」
「ああ」
「村に入れなければ、患者さんも診られません。水も確認できません」
「だから、準備する」
オリヴァーが後ろから言った。
「相手は手続きで止めてきた。なら、こちらも手続きを整える。レーンの実績、リンドルの魔道具屋の紹介、旅治療師としての登録、私の職人証。使えるものは使おう」
エリオットも頷く。
「無理に入れば、不審者になる。だが、入る理由を積み上げることはできる」
「理由……」
「サリアの村人側から依頼があれば、さらに強い」
ダリオが低く言った。
「役人は外から来た。村の全員があいつに従いたいわけじゃないだろう」
ミラはもう一度、サリアの方角を振り返った。
水車の音は、もう聞こえない。
けれど、白花の温かさはまだ胸元に残っていた。




