分けて送る手紙 2
最初の便は、昼前に出た。
マルタの甥が背負う薬草籠の底に、銅貨の反応写しが入っている。表向きは、咳止め用の乾燥薬草の納品だ。
「余計な寄り道をするんじゃないよ」
マルタが甥へ言った。
「分かってるよ」
「分かってる奴ほど怪しいんだ」
「婆ちゃん、俺いくつだと思ってるんだよ」
「危ない仕事に年は関係ないよ」
甥は苦笑しながらも、真剣な顔で頷いた。
「リンドルの魔道具屋へ直接。店主以外には渡さない」
「そうだ」
ミラも頭を下げた。
「お願いします」
「任せてください、治療師さん」
薬草便は、森とは反対側の街道へ向かっていった。
エリオットはその背を見送りながら、集落の外れへ目を向けていた。
「見られていますか」
ミラが小声で尋ねる。
「おそらく」
「追われるでしょうか」
「分からない。だが、荷を分けた。全部を追うのは難しい」
彼は少し間を置いて続けた。
「それに、見られていることを前提に動くしかない」
「はい」
怖さはある。
けれど、もう怖いだけではない。
手順がある。
味方がいる。
届ける先がある。
二つ目の便は夕方に出た。
トマの仲間が運ぶ狩猟品の荷に、木札の反応写しが紛れ込んだ。毛皮と干し肉の匂いに隠され、小さな筒は荷の縫い目へ巧妙に入れられている。
「もし道で誰かに止められたら?」
ミラが尋ねると、トマは当然のように答えた。
「狩猟品を値切りたい商人だと思って怒鳴る」
「怒鳴るんですか」
「森の狩人は、怒鳴ると面倒くさそうに見える。だいたい避ける」
エリオットが少しだけ頷いた。
「目立たないより、別の意味で近づきにくい方が安全なこともある」
「そういうものなんですね……」
「そういうものだ」
トマは口元だけで笑った。
「元騎士、分かってるな」
「元だ」
「はいはい、助手見習い」
エリオットは訂正しようとして、やめた。
ミラはそれに気づき、少し笑った。
三つ目の木材便は、翌朝に出る。
だから、その夜は待つ時間になった。
ジルの命令痕は落ち着いている。
湿地の黒い種も、白い流れに囲まれて沈黙している。
集落の見張りは交代で続いていた。
ミラは客室で、オリヴァー宛ての追加の手紙を書いた。
――白花より。
――反応写しを三便に分けて送ります。
――銅貨、木札、黒糸と根入り包み、配置図と記録。
――ジルは生存。命令痕は残存。現在は孤立化により安定。
――命令痕が解除できた場合、裏仕事の仲間へ警告を流す意思あり。
――黒蜜、冷えた銅貨、黒糸の仕事を避けさせることができるかもしれません。
――北の湿地の黒い種は沈黙中。除去には職人の道具が必要と思われます。
書き終えると、ミラは筆を置いた。
エリオットが隣で確認する。
「良い。直接名はない」
「はい」
「ジルの話は重要だな」
「セヴ……黒鴉側が、現地で人を拾いにくくなるかもしれません」
「そうだな」
エリオットは静かに頷いた。
「末端を完全に道具にさせない。それも対抗策になる」
ミラはその言葉を心の中で繰り返した。
末端を道具にさせない。
ネロは、道具のままでは終わらなかった。
ジルは、道具として殺されずに済んだ。
少しずつ、黒い手の使い道を崩しているのかもしれない。
リンドルに最初の便が届いたのは、その翌日の午後だった。
魔道具屋の店主は、薬草籠を受け取った瞬間、底の重みがわずかに違うことに気づいた。
彼は何食わぬ顔で薬草を検品し、甥に代金を渡し、店の奥へ入った。
裏の作業室には、ちょうどオリヴァーたちが到着したばかりだった。
グレイル村から運んできた遮断箱が、床に並んでいる。
瘴気の核。
黒輪の欠片。
水と風のサンプル。
三番倉庫の残留物。
どれも危険で、どれも重要だった。
「オリヴァーさん」
店主は小さな筒を差し出した。
「レーンから一つ目だ」
オリヴァーは手を止めた。
「もう?」
「薬草便に入っていました」
ロアンが白石布を広げる。
オリヴァーは筒を開け、中の反応写しを取り出した。
銅貨三枚の写し。
紙には、細い棘のような模様が浮いている。円ではない。線でもない。触れた者の流れに引っかかる、鉤のような形。
オリヴァーの目が鋭くなった。
「これは……黒輪とは違う」
ロアンが覗き込む。
「簡易型ですか?」
「うん。直接刻む術式じゃない。媒介を通して、触れた人間の流れに鉤を残す仕組みだ」
「じゃあ、ミラちゃんの仮説通り」
「あの子は、よく見た」
オリヴァーは低く言った。
誇らしさよりも、重い緊張があった。
見えてしまう。
それは力であり、危険でもある。
「解除できますか」
ロアンが尋ねる。
「銅貨だけなら、接続は切れるかもしれない。ただし、命令痕本体にはミラの白い流れが必要だ。外の鉤を職人が外し、中の流れをミラが保つ」
「二人でないと無理?」
「そういうことになる」
オリヴァーは写しを丁寧に封じ直した。
「次の便を待つ」




