分けて送る手紙 1
レーンの集落では、朝から荷の準備が進められていた。
薬草便。
狩猟品の便。
木材便。
どれも、いつも通りリンドルへ向かう荷だった。けれど今日だけは、その中に小さな封筒が一つずつ紛れ込む。
銅貨の反応写し。
木札の反応写し。
黒糸と根入り包みの反応写し。
そして、ミラとエリオットがまとめた配置図と記録。
実物は動かさない。
冷えた銅貨も、黒蜜跡のある木札も、黒糸も、根入り包みも、すべてレーンの集落で隔離する。オリヴァーの指示通り、送るのは写しだけだった。
「本当に、これだけで分かるのかい?」
マルタが、白石布に包まれた封筒を睨むようにして言った。
ミラは頷く。
「父さんなら、反応写しだけでもかなり読めると思います。実物を動かす方が危険ですから」
「職人ってのは変なもんを読むんだねえ」
「私もそう思います」
横でエリオットが記録を確認している。
「封筒ごとに内容を分けた。ひとつ奪われても、全体は分からない」
「でも、ひとつでも奪われたら危ないですよね」
「だから、運ぶ者には中身を知らせない。渡す相手も一人に絞る」
エリオットは、ハンスに向き直った。
「リンドルの魔道具屋の店主に直接渡してください。途中で誰かに頼まれても、別の者に預けない」
ハンスは深く頷いた。
「薬草便はマルタの甥が行く。狩猟品はトマの仲間。木材便は明日、いつもの商人に任せる。全員に、魔道具屋へ直接渡せと伝える」
「ありがとうございます」
ミラが頭を下げると、ハンスは首を横に振った。
「礼を言うのはこちらだ。あんたたちがいなければ、うちは薬草小屋ごとやられていたかもしれん」
その言葉に、ミラは一瞬目を伏せた。
ジルが持ち込んだ根入り包み。
あれが薬草小屋に置かれていたら、マルタの薬草は汚染され、患者に渡る薬まで黒いものに触れていたかもしれない。
防げた。
今回は、防げた。
その事実を、ミラは胸の奥で何度も確かめた。
納屋の奥で、ジルは壁にもたれて座っていた。
首筋には白石布が当てられている。命令痕はまだ消えていないが、朝のように喉へ伸びる気配はない。
ミラが様子を見に行くと、ジルは気まずそうに顔を逸らした。
「……あんた、まだいたのか」
「まだいます。出発はもう少し先です」
「そうかよ」
ふてぶてしく返そうとして、声が掠れる。
命令痕の発作は、彼にも相当こたえたのだろう。昨日までの軽薄さが、少しだけ剥がれていた。
「反応写しをリンドルへ送ります」
ミラが言うと、ジルは首筋に手をやりかけて、途中で止めた。
「それで、これが取れるのか」
「すぐには無理です。でも、父さんなら、命令痕と媒介の繋がりを調べられます」
「父親も治療師か?」
「魔道具職人です」
「……あんたの周り、変なのばっかだな」
「よく言われます」
ミラが真面目に返すと、ジルは少しだけ笑った。
その笑いはすぐに消えた。
「これが取れたら」
ジルは低く言った。
「俺の知ってる連中に話す。黒い糸だの、冷たい銅貨だの、黒い蜜蝋だの、そういう仕事は受けるなって」
ミラは目を見開いた。
ジルは視線を逸らしたまま続ける。
「俺みたいなのは、金が良けりゃ怪しい仕事でも受ける。だが、命まで取られると分かってりゃ話は別だ」
「……警告してくれるんですか」
「恩義ってほど綺麗なもんじゃねえよ。俺が二度と巻き込まれたくないだけだ」
エリオットが入口から静かに言った。
「それでいい」
ジルが顔を上げる。
「自分のために動け。その結果、同じ仕事を受ける者が減れば、それだけで意味がある」
「元騎士様は、ずいぶん現実的だな」
「今は助手見習いだ」
「そこ、まだ直すのかよ」
ジルは呆れたように言ったが、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
ミラは彼を許したわけではない。
でも、生かした意味はある。
この人が裏仕事の中で警告を流せば、同じように命令痕をつけられる人を減らせるかもしれない。
小さな反撃だ。
けれど、確かな反撃だった。




