背負わないための手順 2
次に木札。
黒い蜜蝋の跡がある、小さな木札だった。
こちらは銅貨よりもはっきり反応した。
写し紙に浮いたのは、棘の輪。
三番倉庫にあると言っていた木札を思い出させる。
「三番倉庫の物証と繋がる可能性がある」
「父さんが見たら分かるかもしれません」
「実物は動かさない。写しだけ送る」
「はい」
黒糸は、もっと嫌な反応をした。
細く、目立たない糸。
けれど針を近づけた瞬間、ミラの白花のペンダントが冷えた。
「これは……命令を縛るためのものかもしれません」
「ジルの袖口にあったものと同じか?」
「はい。黒いものを運ぶ包みを縛るだけじゃなくて、触れた人に印を結びつけるための糸かも」
エリオットは淡々と記録した。
だが、その横顔は硬い。
人を道具にする術。
使った者は、ジルをただの運び手としか見ていない。
ミラはその事実に、胸の奥がきゅっと痛んだ。
最後に、根入り包み。
これは最も慎重に扱った。
布包みは開けず、外側だけを写す。
ミラが白い流れを見ようとすると、エリオットが短く言った。
「深く見るな」
「分かっています」
「本当に」
「本当に」
ミラは苦笑しそうになったが、すぐに表情を引き締めた。
光を細く、浅く。
布包みの中には、乾いた根がある。薬草に見せかけているが、治療に使うものではない。
根の奥には、小さな黒い種がある。
湿地の種と同じ系統。
ただし、こちらは土に置くためではなく、人や薬草小屋へ持ち込むために加工されていた。
「これが薬草小屋に置かれていたら……」
ミラが呟くと、マルタが低く唸った。
「うちの薬草が汚染されて、患者に飲ませる薬まで駄目になってたかもしれないね」
「はい」
トマが拳を握る。
「ジルのやつ、そこまで知ってたのか」
「知らなかったと思います」
ミラは静かに言った。
「でも、知らなかったから許されるわけではありません」
部屋の中が静かになる。
「ただ、知らないうちに命まで握られていた。それも事実です」
エリオットは彼女を見た。
ミラは写し紙を封筒へ入れながら続けた。
「罪はあります。でも、使い捨てにされていい人ではないです」
その言葉に、誰も反論しなかった。
反応写しは四つの封に分けられた。
銅貨。
木札。
黒糸。
根入り包み。
さらに、ミラの記録とエリオットの配置図は別の筒に入れる。
一つの便が奪われても、全体が分からないように。
エリオットは封筒を確認しながら言った。
「リンドルへは、同時に送らない方がいい」
「時間をずらす?」
「ああ。マルタさんの薬草便、ハンスさんの木材便、トマの狩猟品の便。分けられるなら分ける」
トマが頷く。
「狩猟品は明日の朝出せる」
マルタも言った。
「薬草便は夕方だね。中身を少し入れ替えればいい」
ハンスが外から入ってきて答える。
「木材便は明後日だ。急ぐものは向かないが、目立たん」
ミラは三人を見た。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは早いよ」
マルタが言う。
「まだ届いてないんだから」
「はい」
ミラは頷いた。
それでも、心強かった。
レーンの集落は、もうただ助けを待つ場所ではない。
危険に対抗するために、自分たちで動き始めている。
その日の午後、ミラたちはジルの管理手順を改めて決めた。
ジルは納屋の奥にいた。
顔色は悪いが、命令痕の発作は落ち着いている。首筋にはまだ薄黒い印が残り、布で覆われていた。
ミラは距離を取って診る。
「今日は話を聞きません」
ジルは乾いた声で笑った。
「助かったよ。何か言うたび死にかけるのは勘弁だ」
「笑い事ではありません」
「分かってる」
彼は視線を逸らした。
「俺、ただ包み置いて、あんたを連れてけば金になるって聞いただけなんだ」
「それでも、危険な仕事だと分かっていましたよね」
「……ああ」
ジルは小さく答えた。
「でも、こんな術がついてるとは思わなかった」
ミラは黙って彼を見た。
赦せるわけではない。
この人が持ち込んだ包みで、薬草が汚れ、患者が増え、集落が危険に晒されたかもしれない。
それでも。
「命令痕がある以上、あなたをこのまま外へ出すことはできません」
「だろうな」
「でも、処分されるために引き渡すこともしません」
ジルが顔を上げた。
ミラは淡々と続ける。
「ハンスさん、トマさん、マルタさんが見てくれます。食事と水は出ます。発作が起きた時の手順も残します。ただし、逃げようとしたら拘束を強めます」
「……厳しい治療師だな」
「治療師ですから」
横でエリオットが少しだけ目を細めた。
「命を助けることと、信用することは別だ」
ジルは苦笑した。
「そこの元騎士も厳しい」
「元騎士ではあるが、今は助手見習いだ」
「そこ、訂正するところなのかよ」
マルタが吹き出した。
緊張がほんの少し緩む。
それでも、手順は厳密だった。
夜は一人にしない。
首筋の印が黒くなったら、核心に触れる会話を即中止。
白石布を当て、マルタの薬草で呼吸を整える。
銅貨や木札には近づけない。
湿地や薬草小屋にも近づけない。
変化があれば、リンドルへ連絡。
ジルは自由ではない。
けれど、使い捨てにもされない。




