村を離れる職人 2
午後、危険物の整理が行われた。
診療所の奥の小部屋に、白石布を何重にも敷いた作業台が置かれる。
その上に並べられたのは、小さな瓶や箱だった。
グレイル村の水サンプル。
排水路の黒い粉。
坑道入口の黒ずんだ封印布片。
三番倉庫で回収した黒い蜜蝋の残り香がついた布。
ネロの黒輪から剥がれた微細な黒片。
そして、ミラから預かった瘴気の核。
核の入った遮断箱だけは、他とは離して置かれていた。
箱の表面には、オリヴァーが新たに刻んだ二重の封印線が走っている。近づくだけで、反応針の先が薄く曇る。
ロアンはごくりと喉を鳴らした。
「これ、王都へ送らないんですよね」
「送らない」
オリヴァーは即答した。
「王都へ送るのは、記録と、ごく微量の反応片だけ。本体はリンドルで保管する」
「奪われたら危ないから」
「それもある。輸送中に反応しても危ない。王都に着く前に、誰が何を仕掛けるか分からない」
ダリオが箱を見下ろす。
「そんなものを運ぶこっちも命懸けだな」
「だから、あなたにも来てほしいんです」
「言われなくても行く」
ダリオは短く答えた。
「この村に残るより、危ない荷のそばにいた方が役に立つ」
オリヴァーは少しだけ笑った。
「助かります」
ロアンは一つひとつの箱に符号を書いた。
黒い粉は「風の道」。
水サンプルは「水の道」。
瘴気の核は「黒石」。
ネロの黒輪欠片は「運び手の輪」。
三番倉庫関連は「第三の荷札」。
本当の名前は、書かない。
これもまた、守るための手順だった。
日が傾き始めた頃、リンドルからの早馬が村へ入った。
魔道具屋の印が押された小さな筒を受け取った瞬間、オリヴァーは嫌な予感を覚えた。
宛名はオリヴァー。
差出人はミラ。
符丁付きの短い報告だった。
――黒い根の運び手あり。
――命令痕発作。白花で孤立化し、処分は回避。
――命令痕は残存。媒介経由の可能性。
――冷えた銅貨三枚、黒蜜跡のある木札、黒糸、根入り包みを隔離。
――旧水車道の名に反応あり。
――職人の判断を求めます。
読み終えたオリヴァーの表情を見て、ロアンが固まった。
「ミラちゃんに何か?」
「ミラは無事だ」
オリヴァーはすぐに言った。
その言葉に、ロアンは少し息を吐く。
「でも、厄介なものを見つけた」
オリヴァーは手紙を机に置いた。
「命令痕。黒輪ほど深くはないが、外部媒介で後付けされた可能性がある。ジルという運び手は、処分されかけたがミラが孤立させた」
ダリオの眉が動く。
「ネロの時とは違うな」
「うん」
オリヴァーの声は静かだった。
「今度は、殺される前に止めた」
その事実は重い。
そして、希望でもあった。
ミラは、ネロの死から学んだ。
エリオットも、無理な尋問を止めたのだろう。
レーンの集落の人々も、手順を守ったに違いない。
だから、ジルは生きている。
だが命令痕は残っている。
完全な解除には、媒介を見つけ、接続を切る必要がある。
「師匠」
ロアンが真剣な顔で言った。
「リンドルへ戻ったら、すぐ解析ですね」
「そうなる」
「媒介候補はレーンにあるんですよね」
「まずは記録と反応写しを送ってもらう。実物を動かすかどうかは、こちらで封印具を用意してからだ」
オリヴァーは手紙の一文を見つめた。
旧水車道。
サリア水車村へ続く古い道。
そこが次の線になり始めている。
「ミラたちは、いずれサリアへ向かう」
オリヴァーは低く言った。
「その前に、こちらも準備を整えないと」




