表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
193/194

村を離れる職人 1

 グレイル村の水場では、朝一番の確認が始まっていた。

 南の泉から汲んできた水を桶へ移し、反応針をかざす。針先が澄んだままであることを確かめ、記録板へ時刻と担当者の名を書く。

「南の泉、朝一番、反応なし」

 若い娘が声に出して読むと、隣の年配の女性が頷いた。

「じゃあ、配っていいね。今日は西側の家から」

「はい」

 少し前まで、村人たちは反応針を見るだけで青ざめていた。

 今も怖くないわけではない。

 だが、怖がりながらも手順を守れるようになっている。

 オリヴァーは、その様子を広場の端から見ていた。

 水場は回っている。

 診療所も回っている。

 坑道入口の見張りも、交代表通りに立っている。

 北側の古井戸には封印布と柵。

 排水路には白石粉の輪。

 子どもたちは、もう近づいてはいけない場所を覚えていた。

 グレイル村は、まだ治ったわけではない。

 けれど、倒れずに立っている。

「師匠」

 ロアンが駆け寄ってきた。

「坑道入口の反応、薄曇りです。昨日と同じ。封印布の黒ずみも広がってません」

「排水路は?」

「南側は反応なし。北側の古い溝は薄曇り。白石粉の輪は崩れてません」

「よし」

 オリヴァーは頷いた。

「今日、村長と最終確認をしよう」

 ロアンの顔が少し引き締まる。

「リンドルへ戻るんですね」

「うん」

 グレイル村に残る仕事は、まだある。

 坑道奥の黒い箱。

 封じた古井戸。

 黒く染みた排水路。

 患者たちの経過。

 だが、オリヴァーがここに留まり続ければ、他の仕事が止まる。

 三番倉庫の物証。

 ネロの黒輪の欠片。

 ミラから預かった瘴気の核。

 そして、これからミラたちから届くかもしれない新たな媒介。

 それらを整理する場所が必要だった。

 今、王都へそのまま送るには危険すぎる。

 ならば、リンドルへ集める。

 リンドルの魔道具屋を拠点に、封印具を作り直し、危険度を分け、王都へ送るものと送らないものを決める。

 それが、職人としての次の仕事だった。

     

 村長は診療所の机に広げられた手順書を、真剣な顔で見つめていた。

 水場管理。

 坑道入口の点検。

 排水路の白石粉交換。

 患者の症状記録。

 反応針が黒変した場合の対応。

 リンドルへの連絡方法。

 オリヴァーは一つずつ確認していく。

「南の泉は朝夕二回。針が黒変したら使用中止。配った水も回収」

「はい」

「北の古井戸は封印布を外さない。布が黒くなったら、棒で外して白石粉の桶へ。素手では触らない」

「はい」

「坑道入口は、風が強い日は必ず確認。黒い粉が見えたら近づかない。鐘を二回」

「鐘を二回。分かっています」

「人影やよそ者を見たら追わない。鐘は三回。リンドルへも連絡」

 村長は深く頷いた。

「追いません。若い者たちにも、何度も言ってあります」

 横にいた見張り役の若者たちも、緊張した顔で頷く。

 ダリオが腕を組みながら低く言った。

「追いたくなっても追うな。追わせるために姿を見せる奴がいる」

「はい」

「いい返事だ。だが、実際に見たら足が動く。だから鐘を先に鳴らせ。鳴らした後で考えろ」

 若者たちは背筋を伸ばした。

 オリヴァーは村長に、小さな木箱を渡した。

「これは追加の反応針と白石粉です。数は多くありません。無駄遣いはできませんが、危ない時は惜しまないでください」

「分かりました」

「そして、何か異変があれば、必ずリンドルの魔道具屋へ。そこからオリヴァー工房へ連絡が届くようにしてあります」

「王都ではなく、リンドルへ?」

「今は王都への道が安全とは言い切れません」

 村長の顔が険しくなる。

「また、荷が狙われる可能性があると」

「あります」

 オリヴァーは隠さなかった。

「だから、連絡は短く。具体的な名や物の名前は書かない。リンドルの魔道具屋には符丁表を渡してあります。分からない時は、“水場異常”“坑道異常”“患者急変”だけでも構いません」

「はい」

 村長は、手順書を胸に抱えるようにして言った。

「この村は、まだあなた方に頼ることになるでしょう」

「頼ってください」

 オリヴァーは穏やかに言った。

「ただし、最初の一歩は村で踏めます。水を止める。近づかない。鐘を鳴らす。記録を残す。それだけで、救えるものがあります」

 村長は深く頭を下げた。

「必ず守ります」

     


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ