表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
189/194

森の外から来た呼び声 2

 集落は、すぐに動いた。

 ハンスは子どもたちを家の中へ入れ、森番たちに北側の道を見張らせた。マルタは薬草小屋の入口に白石粉を撒き、黒い根入りの布包みを隔離する。

 トマは青年を納屋の一室に閉じ込めた。

 ただし、拷問のようなことはしない。

 エリオットの指示だった。

「問い詰めすぎるな。黒いものを持たされている以上、口止めの術式があるかもしれない」

「末端の運び屋ってところか?」

 トマが低く聞いた。

 ミラの胸が少し痛んだ。

 ネロ。

 彼の最後の言葉を思い出す。

 ――あいつの道具のままでは終わらなかった。

「分かりません」

 ミラは答えた。

「でも、無理に話させるのは危険です」

 エリオットも頷く。

「拘束はする。だが、喉や手首に黒い反応がないか先に確認する」

 青年は抵抗したが、ミラが離れた位置から白花の光を細く流すと、袖口と首筋に薄い黒い印があることが分かった。

 黒輪ほど強くはない。

 だが、命令を受けた痕跡がある。

「名前を聞くだけなら大丈夫そうです」

 ミラは言った。

「でも、誰に頼まれたか、何を運んできたかを聞くと反応するかもしれません」

「では名前だけ」

 ハンスが青年に向き直る。

「名は」

 青年はしばらく黙っていたが、やがて小さく答えた。

「……ジル」

「どこの者だ」

 ジルの首筋の印が薄く黒くなる。

 ミラがすぐに言った。

「そこまでです」

 ハンスは口を閉じた。

 集落の者たちも、黙る。

 誰も不用意に続けない。

 その慎重さが、ミラにはありがたかった。

     

 夜が近づく頃、森の入口で長い笛が一度鳴った。

 戻れ、の合図。

 トマと森番が湿地方面から戻ってきた。追跡はしなかった。かわりに、炭焼き跡へ続く道の手前に、細い黒紙の切れ端が落ちていたという。

 セヴラン側か。

 それとも、別の者がセヴランの仕掛けを利用したのか。

 判断はつかない。

 エリオットは地面に図を描いた。

 薬草小屋。

 偽の使者。

 布包み。

 北の炭焼き跡。

 湿地の黒い種。

 外れに残っていた複数の足跡。

「目的は二つあったと思う」

 彼は言った。

「一つは、ミラを集落の外へ誘い出すこと」

 ハンスが頷く。

「もう一つは?」

「黒い根を集落内へ入れること。薬草小屋に置ければ、薬草の管理が乱れる。患者が増える。ミラは治療で消耗する」

 マルタが忌々しげに舌打ちした。

「汚い手だね」

「そして、俺たちが怒って追えば、森の罠に入る」

 トマが低く言った。

「追わなくて正解だった」

「ああ」

 エリオットは静かに頷いた。

「敵を捕まえられなくてもいい。今日の目的は、ミラを連れ出されないこと、黒いものを広げさせないこと、集落に被害を出さないことだった」

 ハンスはしばらく黙っていた。

 やがて、深く息を吐く。

「防げたのは、あんたが手順を決めていたからだ」

「違う」

 エリオットはすぐに否定した。

「防げたのは、この集落が動いたからだ。マルタさんが笛を吹き、トマが追わずに塞ぎ、ハンスさんが村人を動かした。俺は形を提案しただけだ」

 その言葉に、集落の者たちは少し驚いた顔をした。

 ミラは横で彼を見上げる。

 剣を持てない騎士。

 けれど、確かに人を守っている。

 その姿が、今のエリオットだった。

     

 ジルは納屋に隔離された。

 食事と水は与える。

 だが、一人にはしない。

 喉の印が黒くならない範囲で、少しずつ話を聞く。

 ネロの時と同じように、無理に核心を引き出さない。

 ミラは記録帳に書いた。

 ――偽の患者呼び出し。

 ――使者ジル。街道赤土の靴。集落民ではない。

 ――袖口に黒い根入り薬草。湿地の種と同系統。

 ――首筋と袖口に薄い命令痕。黒輪ほど強くない。

 ――無理な尋問禁止。

 ――集落側、手順通り対応。被害なし。

 書き終えると、エリオットが左手で紙を押さえた。

「符丁に直す必要がある」

「はい。西塔か黒鴉か、どちらか分かりませんね」

「分からない時は、黒い根の運び手とだけ書けばいい」

「なるほど」

 ミラは修正する。

 もう、平文で何でも書くことはしない。

 自分たちの言葉も、守るべきものになっている。

     

 夜、ミラは薬草小屋の外でエリオットに言った。

「今日、怖かったです」

 エリオットは黙って彼女を見た。

「でも、前よりは動けました。エリオットさんが止めてくれると思ったし、トマさんも、マルタさんも、ハンスさんもいました」

「ああ」

「一人で行かなくてよかった」

「そうだな」

「グレイル村で学んだことが、ここでも役に立ちましたね」

 エリオットは少しだけ森の方を見る。

「俺は今、剣で君を守れない」

 静かな声だった。

「だから、人を頼る。道を選ぶ。危ない呼び出しを疑う。逃げ道を先に見る」

 ミラは彼を見つめた。

「それは、弱いということですか?」

「違う」

 エリオットは即答した。

「今の俺にできる守り方だ」

 ミラはゆっくり頷いた。

「じゃあ、私も一人で何とかしようとしません」

「ああ」

「でも、患者さんは診ます」

「それは分かっている」

「ちゃんと手順を作ってから」

「良い」

 その言い方があまりに真面目で、ミラは少し笑った。

「エリオットさん、だいぶ助手が板についてきましたね」

「見習いだ」

「まだそこは譲らないんですね」

「まだ、だ」

 ミラは笑った。

 森の奥には黒い種が残っている。

 外からの視線も消えていない。

 ジルという新たな運び手も現れた。

 それでも、今日、集落は守られた。

 誰か一人の力ではなく、みんなで。

     

 遠く、森の外れで、二つの影がそれぞれ別の方向へ消えていった。

 一人はガレス側へ、もう一人はベルトラン側へ。

 報告はすぐ王都へ届くだろう。

 ――対象の誘導失敗。

 ――集落側が協力体制を形成。

 ――元騎士は戦闘力不完全ながら、危険察知と配置判断に優れる。

 ――治療師は黒い根の運び手を識別。

 ――現地狩人と薬草師が協力者化。

 そして、森の湿地の奥では、黒い種が白い流れに囲まれたまま、静かに沈黙していた。

 黒鴉は遠くからそれを見ている。

 だが、今夜のレーンの集落は、黒い手に崩されなかった。

 初夏の森に、長い夜が落ちる。

 その夜を越えれば、次は水車の村へ向かう道が開く。

 清い水と白花の伝承が残る、サリア水車村へ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ